闇魔道士が新たに加入したと聞いて、名前は皇子と過ごした日々を思い浮かべた。彼がこの戦争を引き起こしたとは考えたくはなかったが、自らの目で見た現実を今更疑うことは出来ない。闇魔法の使い手としても優秀で、心優しいリオン皇子。
聖石が人の心を喰う。夢だとしても嘘だろうと笑い飛ばしてしまうような、そんな残酷な出来事こそが真実だった。敬愛していた彼は魔石から生まれた魔王によって人格も変わり、最早かつての心優しい皇子の姿はない。
それからのグラド王国も親交のあったルネス王国と対立するまでに変わってしまった。

「あなたは…まさか…!」
「…名前さん…」

名前の家は代々グラド帝国の王に仕えているが、元は没落貴族だった。それを知っているのは一握りの人間に過ぎず、彼女の兄はその事実に肖って好き放題していたが、彼女は彼の傍若無人っぷりを横目で見ながら研究に没頭していた。
そんな時に出会ったのが彼であった。

闇魔道士達は不穏な研究をしている怪しい人間だ。
こんな噂が蔓延るようになったのはいつのことだっただろうか。遊び歩いていた兄が失職し、名前が王付きの賢者になった際には周りの人間からどう言われようが、彼女は闇魔道士達によって行われる研究に目をつぶって見過ごしてきた。

「此処で貴女にお会いするとは…」
「私も同じ気持ちです…ノールさん」

その中でも、彼は特別だった。皇子に最も近く、名前が最も近寄り難い人間だった。
彼女も決して口数が多い方ではないが、彼はそれ以上に物静かだった。 表情を変えることなく名前とリオン皇子の会話に相槌を打つだけだったのだが、別の闇魔道士と話す時に見せた少しばかりの笑顔。名前は驚いて魔道書を落としそうになったことをよく覚えていた。
リオン皇子の側近と言っても過言ではない存在で、常に聖石の研究の第一人者として励んでいた彼の笑顔に、彼女は少なからず心が湧き上がるのを感じた。それがこうしてルネス軍の元で再会するなんて、誰が想像しただろうか。

「全て、我々の責任です…私たちがリオン様を止めなければならない状況でした」
「そんなことはありません。皆さんの努力のお陰でグラド国民を救うことが出来るのですから」
「名前さんはなぜ我々の考えを理解してくれるのですか?」

賢者や司祭は、今なお当たり前のように闇魔道士を差別する。名前は自分は決して特異なのではなく、彼らの考えが間違っているのだと感じていた。闇魔道を否定することは即ち敬愛している皇子をも否定するのと同意であり、彼女にとっては信じられない背徳行為であった。

「私は闇魔法を扱う方のすること、全てが間違っていると信じている賢者や司祭がいることに憤りを感じています。昔も、今も」
「……その言葉をリオン様にお聞かせしたかったです」
「いえ、既にご存知でした。だからこそ私をお側に置いてくださったのです」

とてもお優しい人ですから、そう続けて名前は空を見上げた。すっかり暗くなってしまったが、濃紺のローブを深く被ったノールの表情が闇に溶けることはなく、慈しみを湛えた表情は変わらず名前の瞳に映っていた。安堵の気持ちと懐かしい思い出から名前はふう、と息を吐いて気持ちを落ち着かせた。

「しかし、リオン様は…」
「はい。それでも、あなた方は間違っていなかったと思います。どんな形であれ、私はリオン様の願いを叶えたいのです」
「名前さん…」

彼らの愛したグラド帝国はまだ死んではおらず、来たる大地震から大地を守る手立てがないとしても、諦める訳にはいかなかった。たとえリオン皇子を失っても、もう一度立ち上がると決めたのなら、生きてその未来を繋ぐことが求められる。
ならば今この戦争を潜り抜けてルネスと共にグラドを討つ決意を持つことが、未来への第一歩なのだろう、と名前は感じた。何れにしてもこのままではグラドは何も変わりはしない。再び同じ悲劇が繰り返されるなど、誰が望むだろうか。まずは国の体質を、そして国民の意識を、根底から変えていかなければならない。それがどんなに難しく時間がかかるものか、リオン皇子も理解していたからこそ聖石に頼り短時間で事を終えようとしたのだ。

「リオン様のことは二度と忘れません。聖石のこと、魔石のこと…私にも背負わせてください、ノールさん」
「これが、残された我らに課せられた使命なのでしょうか…」
「私はグラドの民として精一杯出来ることをするつもりでふ」

2人の視線が交わる。グラド帝国に生まれた民の一人として、リオン皇子に使えた臣下の一人として、聖石を研究していた一人として、互いに負うべき責任は重い。ノールは名前の長いまつ毛が上下し瞬きする瞬間を見つめ、当時と変わらない澄んだ瞳をしている、と感じた。

「きっと私はグラドを愛しているのです…どんな辛い事が起きたとしても…」
「そうですね。我々はグラドで生まれ、グラドで育ちましたから」
「この戦い、必ず生き抜きましょう、ノールさん」

真っ直ぐな名前の視線にノールは頷いて応えた。彼女の存在はグラドに生きる魔道士にとって眩しくて暖かくて強い光だと改めて感じ、目を細めた。グラド帝国の新しい未来へと、2人は歩き出す。