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心地よい風が部屋を通り抜け、外では子どもたちが走り回り、賑やかな声が響いてくる。爽やかな日差しの元で駆け回る子も居れば、木陰で読書する子も居れば様々だ。ルセアはそんな子どもたちを見守りながら食事の支度をしていた。伸ばしていた髪を肩まで切ったのも最近のことで、さらりと流れる髪の短さに違和感を覚える。扉が開いてそちらへ視線を向けると、彼女が買い物から帰ってきたところであった。
「名前さん、すみません、そんなに大荷物になるとは…!」
「私が好きで沢山買ってしまったの。気にしないで。はい、これがルセアに頼まれていた分」
「ありがとうございます。ところでそちらは一体…?」
「寄り道してお手伝いをしたら頂いてしまったの」
そんな名前の手にはたくさんの果物。そして背中には書籍が背負われている。果物は少し傷んで売り物にならないから、書籍は読む人がいなくなったから、とそれぞれ理由があり彼女の手元にやってきたのだと言う。果物も書籍も此処で無駄になることは無いので、有難いことだと2人で手分けして棚へと収納していく。古くなったり汚れた書籍ばかりだったので、新しいものはきっと皆が喜ぶ、と名前も一つ一つ確認しながら本棚に入れていると、一つの本を見て手を止めた。忘れもしない表紙の装飾、感触と重み。
「名前さん?」
「…リザイアが紛れ込んでいたの。どうする?このまま置いておく?」
「そう…ですね。他の魔道書であれば構いませんが、闇魔法は…」
「ええ、私も同意見よ。リザイアは私たちの部屋に置いておきましょう」
既にライトニングやファイアーは子どもたちの愛読書となっており、時折魔法の才能を見せる子もいる。だがこの魔道書は訳が違い、相手の体力を奪い自分のものにする魔法だ。そもそも闇魔法は他の魔法と違い力が強く、闇に引き込まれやすいという点もあり彼らの側には置かないようにしていた。それは名前が一番よく分かっていたし、彼女自身が闇魔法使いだということを子どもたちに伝えることは避けていた。
「いつかは皆さんにもお伝えしたいですね」
「私のことを?」
「はい…。本来であれば、高度な魔道書を使えることは誇るべきであり…決して虐げられる理由にはなりません」
「ええ…分かっているわ。闇魔道が決して危険なだけでないのは。でも、子どもが容易に触って良い魔法ではないことは確かだから…」
どうしても先人の姿が焼き付いて離れず、名前はリザイアの魔道書を本棚の奥へと押し込んだ。勝手に寝室へ忍び込む子どももいるが、そう多くはない。仮に見付けられたとしてもまた場所を移せば良いだけのことだ、と彼女は考えていた。
一方のルセアは、彼女の持つ大いなる魔力を宝の持ち腐れだと感じていた。エトルリアに戻ればもっと良い暮らしが出来るだろうし、先人の教えや魔道の才能で一生食べていけるほどの能力を持っていることは間違いない。このような孤児院の手伝いで一生を終えていい人物では無いのだ、と彼は名前がリザイアを押し込んだその腕を取った。
「名前さんは、もっと様々な方のお力になれるはずです……闇魔道士では魔道軍将にはなれませんが、それに近しい立場には…」
「ルセア、貴方の言いたいことは分かるけれど、私は此処を離れる気はないの。無論この力を必要な時が再び訪れた際には別だけれど、もう誰も失いたくない」
「ですが、八神将ブラミモンドの力は偉大です…!」
「本当に貴方って人は…」
変なところで強情なんだから、と名前は笑ってリザイアを再び手にした。黒い牙との一戦が終わり、エレブ大陸には束の間の平穏が訪れている。大賢者アトスの残した言葉こそ不安だが、分からぬことを案じても致し方ないと名前は気持ちを切り替えていた。兄なら、かつての家族なら、きっとそうしたであろうと思って。
「それほど素晴らしいのです、名前さんの存在は…」
「ありがとう。でもお願い、貴方の傍に居させて。私は地位も名誉も望まないわ」
「名前さん…貴女こそ、私が首を横に振れないのをお分かりでそんな…」
「ふふ、お返しよ」
リザイアの魔道書を棚にしまい、名前はその背表紙を撫でた。あの戦いの後は一切魔道書を唱えていない。そんな状況にならないからというのが理由だったが、これ以上誰かを魔法で傷付けたくないというのもあった。自分に備わる八神将の力、そして魔力。恐ろしくもあり頼もしくもあるその力を名前は封じておきたかった。
ルセアにお願いがある、と切り出して名前は彼の手を取った。
「次に私が魔道書を手に取る時は、再び戦うと決意した時。それまでは例え子どもたちにせがまれたとしても、闇魔法は使わない」
「はい…」
「そんな顔をしないで。使わない方がいい。強大な力は身を滅ぼす…ブラミモンド様が自ら証明してくださったのだから、私は私の道を歩く」
「その隣に、私はいますか?」
ルセアの言葉に名前は彼を真っ直ぐ見て微笑み頷き、その返事に対してルセアも微笑み返し、彼女をゆっくりと抱き締めた。どんな運命が2人を分かつとも二度と離れない。そんな強い気持ちが体の底から湧いてくるような、そんな温かな感情に後押しされて名前は彼の背中に腕を回した。
「今度は貴方を置いていかないわ」
「名前さんはいつもそう仰いますね」
「何、それ?」
「あの時のことを…いつもそうして罪のように仰いますから…。私は貴女に出逢えただけで、幸せなのです…。あの時の別れも、今を思えば決して、意味の無いことではありませんでした」
孤児院の少年と、黒い牙に拾われた少女。2人の運命は一瞬交わり、離れ、再び交わった。お互いに何度も思い出した。あの時に孤児院で出会った少年は元気にしているだろうか、少女は兄弟と仲良く暮らしているだろうか、と。
「貴女はいつでも私の心の支えです。今までも、そしてこれからも」
「ルセア…」
失敗したら何度だってやり直せばいいのです、貴女が私に教えてくれたのですよ、とルセアは名前の背中を優しく撫でた。あの時そんな言葉をかけただろうか、と遠い昔の記憶を辿るも覚えはなく、兄に言われた言葉をそのまま彼に伝えたのかもしれない、と名前は心地よい感触に目を閉じた。
穏やかな昼下がり。そろそろ遊び疲れた子どもたちが眠る時間だろうと2人は顔を見合わせて皆を呼ぶべく扉を開けた。陽射しが眩しい、と目を細めると隣のルセアも同じように手で光を遮っており、名前が笑うと子どもたちが嬉しそうに家へとなだれ込んできた。
「私も同じよ、貴方と出逢えたから…」
「名前さん…?」
「何でもない、今行くわ」
穏やかな風が名前の髪を揺らし、彼女は髪を耳に掛けてルセアの呼び掛けに応えて家へと入った。これから子どもたちを寝かしつけて、夕飯の準備をしなければ。
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