男女が互いに愛を伝える祭典に街は沸いていた。色とりどりのリボンで装飾された店は目にも鮮やかで、見ているだけでも心躍る。立ち止まりそうな足を懸命に動かし、名前はある場所へと急いでいた。だが手土産も無しに参上しては悪いだろうかと、目に止まった店で小さな箱を手に取った。桃色のリボンで可愛らしく飾られたそれは彼女を彷彿とさせるもので、名前は店主に声をかけた。

「遅いですよ〜!待ちくたびれちゃいました!」
「ごめんなさい、遅くなって。これお詫びに」
「えぇっ!?私に?本当にいいんですか?」
「勿論。セーラが好きそうだと思って買ってきたの」

すっごく嬉しいです!と喜ぶ彼女を見て名前は微笑んだ。恋の祭典に合わせて焼き菓子を作ろうと言い始めたのはセーラの方だった。いずれにしてもオスティアの面々に作るから一緒にどうかと誘われたのが始まりで、久しぶりに会えることも相まって名前は彼女の誘いを承諾したのだった。ルセアは快く送り出してくれ、楽しみに待ってるねとわくわくした子どもたちの顔が思い出される。
まずは生地を作るんですよと得意げなセーラの指示に従って名前は粉と水を混ぜ合わせ、卵を割る。

「名前さんは料理するんですよね?ルセアさんと何作るんですか?」
「そうね…スープが多いかしら。色んな味付けで作ってるの」
「スープ?もっと良いもの食べたらいいのに!そんなの私と同じじゃないですか!まぁ…でも今はまだ仕方ないですよねぇ、毎日贅沢は出来ないし」
「そうよ、だから今日は贅沢のために来たの。皆楽しみにしてくれているから」

えぇ、手作りの焼き菓子が贅沢なんて!とセーラは驚愕した表情をするので名前はそんな彼女を宥めながら生地を混ぜ始めた。質素な焼き菓子は家でも作るが果物が入ったものや味の違うものはあまり作ることがなく、自身も心躍る気持ちで名前は美味しくなるよう念を込めながら生地の様子を見て材料を加える。あまり手が汚れるのは好きじゃないと言いながらセーラも名前の手元と自分のものを見比べていた。

「名前さん上手すぎません!?」
「ありがとう。ここまではいつも作るから。セーラはもう少し良く混ぜて、そう、その調子」
「あーん、やっぱり手作りなんかするんじゃなかった…そろそろ休憩します?」
「まだだめよ、焼き始めるまで頑張って」

戦いの時より厳しい!と頬をふくらませて文句を言いながらもセーラは休むことなく生地をかき混ぜている。しっとりとした焼き菓子の仕上がりを想像しながら、まだ?もうすぐ出来る?と香ばしい匂いに誘われてオーブンの周りに集まってくる子供たちの表情が目に浮かんで名前は頬を緩めた。
セーラはそんな名前を見て、ルセア様専用のものは作らないんですか?と質問を投げかける。この2人が恋人とも親友とも形容し難い関係であることは彼女も理解しており、きっと遠い未来も隣にいるのだろうということは容易に想像できる。とはいえ彼女も年頃の女性であり、ふたりの関係性に興味があるのは間違いなかった。

「そうね、ルセアにも…渡さないとね」
「えぇ!?まさか忘れてたことないですよね?ルセア様泣いちゃいますって…折角なんですからルセア様のは特別でハート型にしましょうよ!果物もいっぱい入れましょう!それで飾り付けは……」

勢いのあるセーラといると楽しくて時間を忘れるようだ、と名前も笑顔を浮かべた。彼女が動く度に桃色の髪が揺れ、視界を明るく染める。するとそんな名前の顔を覗き込んで、そういえば聞きたかったんですけど、とセーラは切り出した。

「ルセア様とはどこまでいってるんですか?」
「え?どこまでって?」
「もう!勿体ぶらないでくださいよ!同じベッドって聞きましたけど、キスはしたんですか?」
「ちょっとセーラ、落ち着いて……」

名前にとってルセアは恋人でもあり親友であり、家族でもある。どんな関係かと聞かれても答えるのは容易ではなく、かつての仲間はそれを理解しているので敢えて聞いてくる者はいない。初めて会う人間には家族だと言って濁していたが、いよいよ隠しきれないかもしれない、と名前は思った。

「それで…セーラさんには何て?」
「想像におまかせすると言ったわ。はい、これはルセアに」
「私にですか…!?ありがとうございます…!」
「さっきの問い、ルセアだったらなんて答える?」

家に帰った名前は裏口から子どもたちに気が付かれないようにルセアの元へと一目散に足を進めて包みを渡した。香ばしい匂いに誘われた子どもたちがやってくるのも時間の問題だったが、名前は焦ることなく紅茶を入れながらルセアに質問を投げかけた。家族と思っているのは自分だけかもしれない、という思いがあったからだ。
ルセアはその問いに一瞬驚嘆としながら、そうですね、と包みを開けた。

「名前さんは…私の光ですから」
「大げさね」
「いえ、本当のことですよ。貴女の存在は……私にとって希望なのです。いつまでも消えない松明のように…」
「消えない、松明…」
「とても美味しいです、名前さん…。ありがとうございます…!」

呟いた彼女の言葉を聞いてか聞かずか、ルセアは顔を綻ばせながら焼き菓子を口に運んでいた。名前は紅茶を運びながら、彼の様子を見て微笑む。なんて幸せなのだろう、と。そして自分が松明だとしたら彼を例えたら何になるのかと考えてひとつの結論に至る。

「私が松明なら、ルセアは炎ね」
「えっ……?」
「松明だけでは何の意味もなさないでしょう?炎があって初めて価値が生まれるのよ」
「その炎が、私…」

関係性の話では無くなってしまった、と名前は紅茶で喉を潤すとルセアも同様にカップを手に取った。その関係の名前などなんでも良かった。互いが離れることなく側にいられるのならば、春夏秋冬を共に過ごせるのならば、それ以上を望むことなどない。ルセアは紅茶の水面に揺れる自身の表情を見つめた。この先にどんな暗闇が広がったとしても、彼女という松明があれば道を見失うことはない。

「名前さん、大好きです。私は貴女が好きです」
「えっ、ルセア…!?」
「友人でも家族でも、こうして名前さんの隣に居られるならば、どんな関係でも構いません」
「それなら……今日は、恋人でいてくれる?そしてこれからもずっと、私の側にいてください」

ルセアは一瞬驚いたような表情を見せ、目を細めて名前の頬へと手を伸ばした。彼の手が頬を包むと、2人の距離はだんだんと縮まっていく。彼のために作った甘く香ばしい香りが、名前の鼻腔をくすぐった。