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邪魔だと言われたことは耳に残っているし、騎馬の上から見下ろされるあの冷たい視線にも背筋が凍った。オレルアンの精鋭部隊と聞いていたから全員がウルフのように冷徹人間なのだと信じ込んでいたので、あまり近付きたくないのが本音だった。暗黒戦争の時は共に手を取ったという話を聞いていたからこそ、かつての仲間に平然と敵として相対したことも恐怖の理由のひとつになっているのだろう。
とはいえ名前はオレルアンの人間がいると自然と避けるようになっていた。今日も遠くにザガロというオレルアン狼騎士団の一人が見える。あいつは怖くないぞと周囲に言われたとて、嫌なものは嫌なのだと名前はドーガの後ろに隠れていると、後ろから声を掛けられた。
「ねぇ…君、馬の世話の道具は…どこにあるんだ?」
「え…ああ、それならあっちに…」
「あれだね。どうもありがとう」
桃色がかった髪の少年だ、と名前はきょとんとした顔で彼を見上げた。こんな人が軍に居ただろうか、と思考を巡らすも記憶は曖昧だ。如何せんマルスの元、軍に参加している人間は多く把握しきれていない。どの馬の世話をするのか気になって密かに見ていると、彼の足はどんどんオレルアンの馬が繋がれている方へと向かって行く。
まさか狼騎士団なのだろうかと名前は驚きながらも、その事実を確認しに忍び足で付いていくと、どうしたの?と声を掛けられて彼女はビクッと体を震わせた。
「えっと…あなたは…」
「僕はロシェ。見ての通りオレルアン狼騎士団の一人だよ、よろしくね。君は?」
「ああ…私は名前…。よ、よろしく」
名前は差し出された手を振り払うことも出来ず自分の手を重ねた。血流が悪く冷えた彼女の手とは違って温かくて逞しい感触に、失礼を承知でオレルアンの人間にも血が通っているのだなと実感する。
ロシェと名乗った彼は名前の怯えていたウルフとは正反対とも言っていいほど好意的で、アリティアの人間と変わらないような雰囲気を纏っている。名前は挨拶して立ち去ることも出来ず、困った結果口を開いた。
「あの、ロシェ…オレルアンって、どんなところ?」
「そうだな…。草原の民って呼ばれていたのは知ってる?貧しかったけど自然が豊かで、美しい国だよ」
「そう…なんだ」
「君は…名前は、どこから来たんだ?」
名前の質問に対してロシェはオレルアンを思い浮かべていたのか、懐かしげに答えてくれた。彼女もその言葉で視界いっぱいに広がる草原を思い浮かべる。柔らかい風に巻き上げられた温かい草の匂いがするような、そんな気がした。
一方の名前が出身はアリティアだと答えると、そうかとロシェは何とも言えない気まずい表情を浮かべた。先刻まで剣を向けていた相手なのだから致し方といえばそれまでなのだが、名前はそんなロシェの反応が気になった。
戦争をしている以上、そんなことは日常茶飯事に起こる上に、彼がこの経験をするのは2回目のはずだ、と。だが名前にそれを伝える勇気はなく、胸の奥にしまっておいた。
「ロシェは、あまり他のオレルアンの人と似てないね」
「ああ…ウルフのこと?」
「え…いや、別に…誰と、とかじゃなくて…」
「ウルフは…誰よりも責任感が強い上にハーディン様を尊敬していたから…僕とは全然違うのは当たり前、かな」
オレルアンがハーディンの力によって自由を得たこと。そして先の暗黒戦争の時にはハーディン皇帝と共に過ごし共に戦ってきたこと。そんなオレルアンの英雄であった人物が昔と変わってしまったことをロシェは寂しげに語った。
名前はただ彼の話を静かに聞いていた。彼の愛馬が嘶くと視線を動かしたが、それ以上に何かをする気にもなれなかった。もし自分だったら、そう名前は考えていた。
敬愛するエリスが、悪の道に堕ちてしまったら。自分の前に立ちはだかったら。ウルフのように、ロシェのように、自分の意思で戦うことを決断出来るだろうか。否、きっと出来ない。立ち向かうことの方が茨の道だ。
「僕は…マルス様の噂を信じることは出来なかった。でも、あいつらを裏切ることなんてもっと出来なかった」
「私は…想像できない…。凄いよ、ロシェは」
「そう…かな。結局、僕らは自分達の手でハーディン様を倒さなくちゃいけなくなったんだ。一番の、恩人を…」
「ずっと信じてきた人なのに…何でそうなっちゃうんだろう」
名前はエリスと敵対するのを想像して首を横に振った。あんなに優しい人が、そんなことありえない。でも、もし闇のオーブの力でそれが現実になってしまったら。マルスは強いからきっとそんな辛い現実に立ち向かって見せるだろう。では、マリクは?その名前を出して名前は考えるのをやめた。
「私はきっと決められない…今考えてみたけど、誰かのせいにしてしまいそうだった……」
「名前は優しいんだね」
「え?どうして?」
「今日初めて話したのに、僕の気持ちになって考えてくれるから…」
ありがとう、とロシェは先程よりも穏やかな表情で名前を見つめた。信じていた人を裏切りこれから戦うことを想像して、名前の瞳からほろりと涙が零れると、ロシェは慌てふためいて謝罪を口にした。
「わ、ごめん…!余計なことを話しすぎたな…えっと、なにか拭くもの…!」
「違うの…!話してくれて…ありがとう…」
「え、いや…僕の方こそ、聞いてくれてありがとう…」
「ロシェ、さっきもありがとうって…」
堂々巡りなこそばゆい会話に、私たちはお互い顔を見合わせて笑った。ウルフのことはこれからも怖いかもしれないけれど、彼らに待つ苦しい現実を考えるとオレルアンへのわだかまりがすっと消えるのを感じた。強い人達なのだ、オレルアン狼騎士団の人間は。強くて志があって、逆境を跳ね除ける力がある。
「私も行ってみたいな、オレルアンに」
「そうだね…すべて終わったあとなら、名前を招待出来るかな」
「アリティアよりずっと広くて、どこまでも続く草原なんて想像できない」
「ははは、それを言えば、アカネイアも、グルニアだってアリティアよりは広いじゃないか」
そうだけど、アカネイアは都市だしグルニアはよく知らないし、と名前が唇を尖らせるとロシェは再び笑うので彼女も釣られて笑顔になった。
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