“あなたは今幸せでしょうか?寂しくないのでしょうか?こちらの世界は束の間の平穏で、小さな紛争は各地で起きているものの、大きな戦争はあれ以来起きていません。あなたが力を貸してくれたから、扉を閉めてくれたからです。
ニニアンは少し具合の悪い時があるみたいですが、エリウッド様と幸せに暮らしています――”


そこまで書いて名前は筆を止めた。何処へも出せない手紙が溜まってきてしまった、と月に一度書いてきた彼宛の封筒の数々を見ると、月日が流れたことを実感する。
はあ、と名前は何度目か分からないため息を吐いた。“扉”のある魔の島に1番近い港町バドンに留まる選択もあったが、何よりも彼の姉であるニニアンの側にいたいという気持ちが上回り、フェレへと帰ってきたのだ。

無邪気に話し掛けてくる彼は竜だった。基より人間とは決して相容れない存在だったのだが、名前はいつの間にか彼の後ろ姿を追うようになっていた。

「名前は心配しすぎだよ。僕は大丈夫だって」
「ニルス…」
「ね?そんな顔しないで?」

彼と過ごしたのは戦いの間だけであり、とても短い時間だったのだが、名前にとっては隣で見る景色全てが新鮮で、これは何、あれはどうやって使うのか、とニルスは沢山の質問を投げかけてくるのも楽しかった。しかしそんな時間は彼の人生の一瞬でしかないのかもしれない。ただ通り過ぎるだけの、ほんの僅かな瞬間。そう考えると、胸が締め付けられる切ない思いに駆られた。

「名前こそ、連戦で疲れてるんじゃない?僕の笛を聞いて元気出してほしいな」
「ありがとう。でも、私は大丈夫だよ?」
「本当?全然そんな感じしないけど…」
「気のせいだって!」

透き通った赤い双眸で全て見透かされてしまいそうな気がして、彼に心配されるのは苦手だった。敵も本気でかかってくるのだ、多少なりとも無茶をしなければ勝てない時は勿論死ぬかもしれないと覚悟するし、九死に一生を得たこともあった。その度にニルスは名前に死ぬなと真っ直ぐな言葉をかけてきた。
竜と知ってからは特にニルスに心配されることを避けていたのだが、そんなことはお見通しのようで、不満を顕にした彼に腕を引かれて名前は足を止めた。

「僕が竜だから…そうやって避けるの?」
「…そんなこと…」
「僕は確かに竜で、名前よりもずうっと長い時間を生きるかもしれないけれど、ここにいた時を忘れるわけじゃないよ」
「でも…でも、そうすればニルスとは…」

するとニルスはそっと私の肩に手を置いて、そんなこと分かってる、と呟いた。俯いた彼の表情は長い前髪に隠れて見えなかったが、纏う寂しげな空気がひりひりと頬を掠めていくのを感じた。いつも見せる笑顔とは真逆の冷たくて悲しい、そんな空気だった。
名前は何も言えなくてただ彼の次の言葉を待っていると、ニルスは観念したように顔を上げた。苦しくて、胸が苦しくなるような表情だった。

「僕は、向こうに行かなきゃいけないんだ。行って、仲間に伝えなきゃ。それが僕の使命なんだ」
「そんな…!」
「その時が来ても泣かないでね。僕…名前だけには笑っていて欲しいんだ」

楽しいことも悲しいことも今まで共に感じてきたけれど、もうすぐその時間に終わりが告げられてしまう。ひたひたと忍び寄る終わりの足音に耳を塞ぎたいと、どれほど願ったか。名前は緩む涙腺を隠すように俯いて頷くことしか出来なかった。

そしてネルガルを倒し、とうとう最終決戦を迎えた。これが終われば彼は向こうの世界へ行ってしまう。名前の中では平和を求める自分と、不謹慎ながらも戦いが長く続いて欲しいと思う自分がいた。 戦いが続けばニルスはこの世界に留まらざるを得ない。不可抗力であれば、彼も納得するはずだと。
だが、勿論名前の思い通りに事が運ぶ訳もなく、火竜はニニアンの力と仲間の総力で倒れた。その向こうには扉が見える。きっとあれだ、と名前は唇を噛んだ。

「じゃあ、僕はもう行くね」
「ニルス…!」
「名前、泣かないで」
「嫌だ…!ニルスと二度と会えないなんて…また笛の音を聴かせてよ…!」

ただの我が儘でニルスを困らせてしまうことは分かっていたが、名前は自分の気持ちを伝えられずにはいられなかった。こんなに好きになったのも初めてなのに、片想いを伝えずに永遠の別れをするなんて、そんなの悔やんでも悔やみきれない。

「私…ずっと…」
「ありがとう。僕、名前と出会えて嬉しかったよ」
「ニルス…!好きだよ…!私、あなたが好き…!」
「うん………さよなら、元気で…」

名前はふぅ、と息を吐いて途中にしていた手紙を畳み、もう一度新しい紙を取り出して筆を取った。記すことで彼を忘れる訳では無いが、思い出として自分の中だけにしまっておくよりもひとつの区切りとして記録として残すことで消化するべく、過ごした時間をなぞるように記憶を辿った。きっと優しいニルスなら、次の段階に踏み出すことを許してくれるだろうと信じて。


“私の初恋の相手は、遠い世界に住んでいます。遠い遠い、時の流れも違う別の世界に。二度と会うことは出来なくても、共に過ごした思い出が消えることはありません。その彼との出会いは、遠い過去のエレブ大陸に遡ります。
かつて人間と竜は、互いの領域を侵すことなく、尊重しながら共存していました。その均衡が崩れたのは、人の侵攻によるものでした。それが後に「人竜戦役」と呼ばれるもので――”