※ラグズに育てられた娘とライの話



初めて会った時からおかしな奴だと思った。べオクばかりの傭兵団の中で輪に混じろうともせず、いつも1人で外にいるのを俺は見ていた。ラグズは匂いに敏感なので、こうしてべオク達が鍛錬している中にいるのは好まない。モゥディやレテも外で過ごすことが多かったのだが、彼女は紛れもなくべオクだ。

また、此処にいる。

俺たちが根城にしている古城の外に出ると、やはり名前はそこにいた。まるで鉄の匂いを避けるかのように、皆が鍛錬をする時間、決まったように此処に座っている。
俺は彼女をよく知らなかったが、べオクの中でもアイクとは違った意味で浮いている存在だと認識していた。まるで、そう。ラグズのようだと。

「よ、名前」
「あ…ライ、どうかしたの?」
「いいや。飯の後はみーんな鍛錬だって言うからさ。お前はしないの?」
「私は…苦手なの。皆と話すのが…」

決して口数が少ないわけではない。こうして下らないことを話していっても、彼女が浮いている原因に辿り着く尻尾を掴む事は出来ない、と俺は単刀直入に名前へ問いかけた。

「お前さ、ちょっと変わってるよな。なんて言うか、その…」
「……ラグズ、みたい?」

えっ、と俺が言葉を詰まらせると、そうかもね、と名前は寂しげに微笑んでみせた。どういう意味かと尋ねれば、彼女は俺から視線を外して再び空を仰いだ。
夜の空、俺には風に流れていく雲が見えるが、夜に目が利かないべオクにはこの雲が見えないのだと昔習った。彼女にはどう映っているのだろう、と俺は一つの雲を追いながら考えた。

「私ね、」

しばらく間が空いてから名前が口を開いた。先程まで追っていた雲はもう見えない夜の闇へと流されていき、俺は彼女に視線を戻した。

「ラグズに育てられたの」

そうか、と俺は納得した。名前の隣にいる時のこの安心感の答えが出た気がする、と目を閉じた。まるで同胞と肩を並べているかのような、この感覚は、彼女がラグズとして育った経緯があるからなのだ。

「生まれて間もない状態でガリアの森に捨てられていたのを、お母さんが見付けてくれて、私を育ててくれた」
「なるほどね…。ラグズに育てられたべオク、ってことか」
「そう。だから、べオクは苦手なの…。信用出来ない。怖い。彼らは簡単に何でも捨ててしまうから…」

自分を捨てた母親のことを言っているのだろう、と俺は検討をつけた。名前は運良くラグズにもよくいる髪色をしている。どうにか繕えば確かにラグズに見えなくもないだろう、と彼女の育ての親の苦労を垣間見た。

「ライは…べオクを許せるの?」
「うーん。俺は特別べオクは嫌いじゃないんだ。アイクとかティアマトみたいに良い奴がいるの、知ってるしな」

すると彼女はそう、と答えて再び口を閉ざした。まずいことを言ったつもりはない、寧ろべオクに友好的な意を強く示したというのに、何故そんな顔をするんだと俺は不思議に思ったが、その理由はすぐに明らかになった。

「べオクがラグズにした酷い話を聞いたの」
「ああ…。でもほとんど昔の話だろ?」
「それでも…!虐げるような真似をしていたなんて、酷すぎる!そして、今生きているべオクはそれを知らないでのうのうと過ごして、ラグズを意味もなく嫌って…。自分がそのニンゲンの一人だと思うと、私は私を許せないの……!」

落ち着け、と俺は彼女自身へと向けられる差別用語が止まらない名前の肩を揺らした。彼女はべオクでありながらラグズと共に生きていた。だが、きっとそれが突然終焉を迎えてしまったのだろう。ラグズに育てられながらラグズに嫌悪され、べオクの世界に戻ったら半獣もどきと扱われる。俺はそんな地獄のような名前の人生を想像した。

「名前、もう良い。ラグズもべオクも関係ない、お前はお前だよ。それは変わらないだろ。だから大丈夫だ」

大丈夫なんて何の根拠もない言葉だったが、俺は何故か目の前の彼女を救いたいと思ったのだ。一瞬の気の迷いなのかもしれない。アイクとはまた違うラグズ側のべオクが久しぶりだった、ただそれだけだったのかもしれない。
それでも、隣で苦悩する彼女を放っておくことなど出来なかった。

「自分のことそんな風に言うなって。確かにお前は不思議な奴だと思ったさ。何ていうか…べオクっぽくないって言うかね。だからこそ、お前にしか出来ないことがあるんじゃないかって、俺は思う」
「ライ……ありがとう…。ごめん…。突然取り乱したりして……」
「ま、気にすんなよ。他の奴に気遣うなら、俺んとこ来い。話し相手くらいにはなるだろうしさ」

それにお前と一緒にいると何故か安心するんだ、と俺は心の中で付け加えた。

夜風がふわりと彼女の匂いを運んで来た。べオク中に混じる慣れ親しんだ故郷の温かさを感じ、ライは目を閉じた。