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※夢主=竜鱗族(テリウス)
大丈夫、俺はあんたを裏切ったりしないし、手放したりもしない。 だから、俺の力になってくれ。クロードはそう言って彼女の瞳を真っ直ぐ見つめた。
人の姿をしている彼女は紛れもなく自分たちと同じ人間で、よもや竜になるなど想像もつかない。しかし彼女は竜麟族という長寿の生き物で、他世界では脅威となる力をもつ種族なのだ。すっと逸らされた瞳は揺れており、意思が固まっていない様子が見て取れる。クロードは彼女の様子を見て諮るように口を開いた。
「戻るのか、故郷に」
「……分からない。王の声は時折聞こえる気がするけれど、私自身はまだ道を決めかねている」
「そう…か。じゃ、俺にもまだ希望は残されてるってことだな」
「希望?」
褐色の肌に尖った耳、模様がある顔。パルミラ人のようでそうではない彼女とは、今まで共に戦ってきた仲間であった。元の世界へ帰るすべがないという名前は、戦いの終わった今何処に身を置くべきか悩んでいるようだった。確かに竜鱗族の力は強大で、それを厄介な貴族に知られれば手にしたいと狙われる可能性だって十分にある。彼女自身その事実はよく分かっていることで、危惧していた。だが一人慣れない土地で何処にあるのかも分からない元の世界への入口を探すなど、途方もないことだということも、名前は理解していた。
「パルミラへ呼んだら、来てくれるのかと思ったんだが」
「“外”の世界に?」
「ああ。前に話したろ。あんたの国は鎖国してたって話してくれた時に」
「クロードも、クルトナーガ様と同じで、私には理解が出来ないことを成し得ようとしているように見える」
名前は目を瞑って、王の深い緑色の髪が揺れる様子を思い浮かべた。ゴルドアの新王はどうしているだろうか、ラグズの諸国はどうなっただろうか。戦地となったデインは復興しただろうか。当時共に戦った仲間たちは何をしているだろうか。
クロードは静かに目を閉じる名前を見つめた。出会った時からの不思議な雰囲気は変わらない。別の世界から来たと言われても驚くことはなかった。それが当たり前のようで、むしろそうでないと納得出来ないことが多すぎる。彼女が竜になる姿を見る前から、クロードはそう思っていた。
「そうかもな。鎖国ってまでは行かないが、パルミラもなかなか他国と手を取り合って、なんてこと無かったからな。そこだけ切り取れば同じかもしれない」
「無茶だとしても?」
「はは、無茶だなんてやってみたいとわからないさ。あんたの王様もそう思ったんだろうな。仲良くなれそうだ」
「……そう、ね。貴方はきっと…」
とはいえパルミラで何をさせるつもりなのだろう、と名前はクロードを見つめて考えた。彼らよりも長らく生きてきたとはいえ、こちらの知識があるわけでもなく、何かに長けているわけでもない。ゴルドアで過ごしてきた数百年が何の役に立つのかと名前は彼の真意を計れず、答えを出すのを躊躇った。
「今すぐ決めろってんじゃない。この地が復興して落ち着いた後にもう1回機会をくれれば良い。無論、それまでに元の世界に帰れるっていうことならそれを尊重してくれ」
「何故そこまで私を?」
「そうだな、敢えて言えば…名前は俺とも違う世界の存在だからかもしれないな」
「フォドラは…きっと変わる。貴方と、あの人の力で」
名前の示すあの人が誰を指しているのかクロードには直ぐに察しがついた。ガルグ=マクに現れたと思ったら学級を導き、突如として髪色を変えて現れた人物を思い浮かべる。フォドラは変わると言った名前の表情は先程と変わることはなく、遠くの景色をその瞳に映していた。策士と言われるクロードでも彼女の心情は測ることは容易ではなく、その不思議な出で立ちと相まって更にその真意は謎めいたものに感じる。自分の立ち位置に悩むクロードに対して、完璧な答えなど世界に一つも存在しないと言葉をかけられたことを思い出した。
「あんたの言葉はいつだって俺の先を行ってるよ。不思議な感覚だな、本当に」
「20年程しか生きていない貴方は、私の国ではまだ赤ん坊に等しい。寧ろそこまでの能力があることの方が驚きよ」
「はは、この期に及んで赤ん坊って言われるとは手厳しいな」
「べオクは不思議な生き物。いつの時代も私たちより先に老いていき、僅か数十年で旅立っていくにも関わらず、時代に変革をもたらしていく。いつか出会った者もそうだった」
彼女の瞳に映る景色はどう映っているのだろうか、とクロードは名前の横顔を見つめた。戦いによって荒廃した街を復興している様子は平和そのものなのだが、それが静かな彼女の目にどう映っているのかは計り知れない。いつか出会った者と会うことは叶わなかったという口振りにクロードはそれ以上を問うことを辞めた。数百年生きる彼女と人間が共存することはどんなに難しいことか、人間だけの社会で生きているクロードには想像を絶する物語であった。だからこそ彼女がパルミラからフォドラを見た時にどう感じるのか、どう思うのかが知りたかったのだ。
「鎖国していたのに人間に会ったのか?」
「ええ、昔の話だけれど」
「どんな奴だったんだ?差し支えなければ聞きたいんだが」
「そう、まるで…地に足が付いていないような、不思議な存在だった。私達を見ても驚くことはなく、名を名乗って笑顔を浮かべてきた。友達になりたい、と」
貴方少しと似ているかもしれない、とクロードへと視線を移した瞳には彼を通じてかつての友が重ねられているようだった。彼は名前へ伸ばしかけた手を止め、行き場を失った腕を組んで静かに息を吐いた。彼女にとっての夢、野望、幸せは一体何なのか。パルミラへ連れて行きたいというのは自分の私欲にすぎず、名前のことを考えれば正解では無いのかもしれない。だが、クロードは彼女の言葉を思い浮かべて迷いを捨てた。
「べオクは不思議な生き物…。彼も、貴方も。私たちの想像を遥かに超えてくる」
「それを言ったら名前もだ。俺を信じてくれるなんて十分不思議だぞ?」
「自分で言うの?」
「何度胡散臭いと言われてきたと思ってるんだ」
やれやれと言わんばかりの身振りを交えるクロードに
名前は口角を上げた。テリウスと同じようで違う世界。違うからこそ、自分が本来生きる場所ではないから、仕えるべき王がいないから、デインにいるより気楽なのかもしれないと彼女は思った。それは決してフォドラを蔑ろにしているわけでは無い。同じ種族の彼らがどうやって和解していくのかは寧ろ興味深くもある。だが、一方で祖国のことを考えてこのままこの場所で立ち止まることが正解なのだろうかと自問する。
「ほんの少し、見るだけ…」
「お?来る気になってくれたか?」
「こうして交流することも私の糧になるかもしれないと思った。何に役立つか分からないけれど…」
「じゃ、決まりだ」
行くぞ、と強く手を引かれたことで足がもつれて転びそうになったところをクロードが受け止めた。ふっと口元を緩ませながらも手を引き上げて地に足を着けるように差し向けるので、名前は彼の意のまま足元を見てしっかり両足を地面の感覚を確かめた。顔を上げると、真剣なエメラルドグリーンの瞳がこちらを向いていることに気が付いた。
この真っ直ぐ澄んだ視線の先に何が見えているのだろうか、と名前は先程の彼と同じことを考えた。
「あんたは俺の予想の遥か上を歩いているようだな、本当に」
「貴方もね」
無いはずの翼が彼の背中に見えた気がする。鳥翼族のように空は飛べなくても、彼は国境を超えて羽ばたいていくのだろうと名前は直感で思った。フォドラからパルミラへ、そしてパルミラから世界へ。
「クロードならきっと飛べる」
「名前がいればな」
青い空が落ちてきているかのように近くに感じる。風が頬を撫でる感覚も、日差しの暖かさも何一つ変わらない。名前はクロードの背後に見える景色に目を細めた。
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