騎馬隊は足を取られるので部隊からは遅れて進軍しており、名前は思わず苦笑した。愛馬も慣れない感触に疲れが見えるが、立ち止まる訳にはいかず前方に見える歩兵隊の背中を追いかけていた。
ナバタ砂漠。そこは理想郷とも呼ばれる場所がある不思議な場所で、大賢者アトスが隠居していたとして知られる不毛の土地だ。

「平気か?」
「ええ、平気です。貴方は?」
「お前と同じだ」
「この砂漠は堪えますね…騎馬兵には特に」

降りて馬を引いた方が早いかもしれない、としながらも雲が太陽を隠しており日差しがないのは不幸中の幸いだと続けるパーシバルに対し、名前はその通りだと言って笑って頷いた。かつての魔道軍将のように賢者の道を進んでいれば身軽だったのだろうが、今更それを嘆いたところでこの砂漠から逃れることは適わない。名前は彼と肩を並べて遠ざかっていく前方の軍へと視線を遣った。

「後ろは着いてきているな」
「はい。しかし前とはかなり離されています。もう少し進軍を速めなければいよいよ追いつけなくなります」
「そうだな。お前達、馬を降りるよう後ろに伝えろ。足を速めるぞ」
「はっ!」

パーシバルが名前の言葉に同意して部下に指示すると、直ぐにそれは後方へと伝わり兵達は馬を降りて手網を引いて歩いていく。信頼出来る者に先導を依頼し、名前と共にその様子を見守っていた。前から敵襲があれば前方の歩兵隊が食い止められるが、後ろからされては機動力のない騎兵隊には圧倒的に不利だ。そしてこの砂漠で敵襲があるとすれば、間違いなく相手は飛竜である。2人は全騎兵隊が歩いて進軍するのを見届けて後方へと付いた。

「もし仮にここで敵襲があったとて、我々2人であれば食い止めることは可能だ」
「ええ、私のエイルカリバーもまだ使えます。屈強なベルン騎士とて容易には通しません」
「頼もしいな」
「ふふ、貴方こそ」

銀の槍を握り締めてパーシバルは気を張りつめた。2人ともこんな場所で倒れる訳にはいかないと周囲を注視しながら進むも敵の気配はなく、それよりも砂地に足を取られることに苦戦していた。平地では無敵ほどの機動力のある騎馬兵の2人だが、この場所ではそうもいかない。だが理想郷を目指すにはこの砂漠を越えなければ決して辿り着くことは出来ず、奪われる体力と戦いながら前に進んでいた。

「何か聞こえませんか?」
「……この声は…竜騎士か?まだ遠いようだが、注意すべきだな」
「前方は気がついているのでしょうか。天馬兵が見回っている様子もありません。急いで伝えるよう指示します」
「ああ、頼む」

名前は愛馬をパーシバルに預け、エイルカリバーを握りしめて徒歩で前方の騎馬隊へと近づいていく。前方には先程の戦いできずを負った者もいたはずだと思考を巡らせる。名前に気がついた一人の兵士が騎馬隊を止めるので、彼女は声を張って竜騎士の出現を知らせた。機動力のある魔法兵を1名前方に派遣して早急に対応するよう指示を入れると、彼らはその指示通りに動いた。優秀なエトルリア兵が近くにいて助かったと胸を撫で下ろすと共に名前は踵を返してパーシバルの元へ戻る。先程より近づいてくる竜騎士の声に、そろそろ前方にいる隊でも気が付く者が出てくるかもしれない。

「この距離、やはり私たちを追ってきたようですね。もう少し進むと道が見えている場所がありました。そこで迎え撃ちましょう」
「お前がいて助かった」
「まさか、貴方一人でも十分でしょう」
「ナイトキラーを持っている者がいないとは限らない。名前の魔法の方が圧倒的に優位だ」

然もありなんと言うパーシバルに名前は口元を緩ませて魔道書を見つめる。この風の魔法がある限り砂漠は乗り越えられるはずと信じて手にしてきたのだ。これで彼とこの隊を守れるのならば願ったり叶ったりだ、と名前は気を引き締めて松明へと火を灯しながら道を目指して進んでいた。
暫くして彼らの視界の端にそれらしい姿が映り、パーシバルは槍を握りしめた。前方の騎馬隊の声は聞こえないほど距離は取れただろうが、竜騎士の機動力を考えると悠長にはしていられない。砂嵐が強くなればさらに進軍は難しいものとなってしまう。

「来るぞ、名前」
「…昔を思い出します。共に王都に勤めていた時のことを」
「時の経過に何か問題があるか?」
「いいえ、パーシバル。貴方の隣ならばいつでも安心して戦えます」

攻めてくる竜騎士を薙ぎ払う槍。投槍を躱して放たれる魔法。2人は常に離れず近くで戦っていた。時には名前がパーシバルにライブの杖を振り、彼が傷薬を渡す。アクレイアで鍛錬していた時代にもこんな戦いをしたことがあることを名前は思い出した。槍と魔法を自在に操る2人ならば向かうところ敵無しだと思えたあの日々。
騎士の家系に生まれた2人は専門こそ違えど志は同じで、幼い頃からエトルリア王家に忠誠を誓い、国の発展と繁栄を目指して武器を振るってきた。心からの信頼を寄せる相手へ背中を預けて戦ったことは何度もあったが、ここまで安心して戦っているのは久しぶりだ、と名前は一瞬目を瞑った。

「沸いて出てくるようだな」
「それでも無限ではありません」
「ああ、ここから先には決して通さない。名前、絶対にミルディン様までの動線を死守するぞ」
「もちろん、援護します」

かなりの武器を消耗したが2人は無事に竜騎士を撃退し、顔を見合せて微笑んだ。最後の傷薬を使って擦り傷を癒しているとパーシバルはその手を取り、傷の状態を確認した。さほど大きな怪我ではなく、今後大きな戦いになっても問題なく戦えると名前は思っていたが、彼はそうは思わなかったようで眉間に皺を寄せており、そんなパーシバルに名前はくすくすと笑った。

「何を笑っている」
「ふふ、パーシバルがそんな顔をするからですよ」
「何かあってからでは遅いからな」
「心配には及びません。この程度かすり傷です。貴方の方こそ先程斧が飛んできたでしょう?あの傷はどうしましたか?」

名前が彼の傷を確認すべく腰を折って脇腹あたりに目線を合わせると、パーシバルはそんな彼女の頭をそっと撫でた。傷は既に彼女のライブの杖で痛みはなく案ずるものではなかったが、互いに自分よりも他人を優先しているところは幾つになっても変わらないと感じていると、顔を上げた名前と目が合う。
彼女の澄んだ瞳もまた、幾つになっても変わることは無い。堕落した貴族を見ても貧しい民を見ても、希望や夢は真っ直ぐに広がり、それを念頭に置いて行動できるような彼女だったからこそ、皆は期待し羨望の眼差しを向けたのだ。

「お前を見ていると、時が止まったような感覚に陥る」
「何事ですか、それは。ふふ、褒められているかも定かではありませんね」
「すまない、褒めたつもりだ。昔から変わらないと」
「きっと根底にある志が何一つ変わっていないからではないかと。貴方もでしょう、パーシバル。全てはエトルリアの繁栄のため…そして民のため、ミルディン様のためです」

パーシバルが静かに頷いた時、遠くから2人を呼ぶ声が聞こえ、そちらへ振り向くと天馬が空を駆けている。2人は再び視線を合わせ、愛馬とともに一歩を踏み出した。同じ砂漠にも関わらず先程よりも足取りは軽く、名前は微笑みながら優しくたてがみを撫でた。