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『さよなら、なんて言いません。きっと次に会う時は…世界が変わっていると思います。貴方に神のご加護がありますように。パーシバル』
笑顔で別れを告げたあの日。
魔道軍将にはならず、エトルリアの果てまで行ってこの国を端から立て直すと言って格好付けて彼と別れた。後悔したかと聞かれれば、後悔はしていない。
私にとってエトルリアこそが唯一の母国で愛する国。その国が崩壊の危機にある中で、のうのうと首都アクレイアにいるわけにはいかなかった。
私の代わりに魔道軍将の座に就いたのは、セシリアという私の直属の部下ではない若い人物であった。
就任式には出席しなかった。
彼の隣にいる知らない人物を祝う気にはならなかった。無論、紛れもなく自分が魔道標軍将への推薦を拒んだという他ならない理由もあるのだが。
「馬鹿なのは私なんです…いつまでも固い殻に閉じこもって、素直になれなくて、苦労しているのに」
かつての戦いで戦場と化した聖女の塔の前で、私は祈りを捧げていた。エリミーヌ様が悪を滅した神将器、アーリアルが祀られていた神聖な場所。そして、昔に私とパーシバルが2人で訪れた場所。
「まさか…こんな場所で…」
「…懐かしい声がしますね。振り向かずとも分かる…慣れ親しんだ貴方の声です」
「名前…」
「パーシバル」
振り向くと、変わらない凛とした瞳でこちらを見つめる彼の姿があった。その瞳の中には少しばかり驚きの感情が読み取れるだろうか、しかし先に来ていたのは私の方。貴方も昔の記憶を思い出して来てくれたのかと、少しだけ嬉しくなった。
「話したいことが山ほどあるな…さて、何から始めたら良いだろうか」
「私には話すことが何もありません。どうぞ話してください、貴方が過ごしてきた日々を」
「何故何もないと?離れていた時間は思っているよりもずっと長いぞ」
「私の答えは…。果ての村を見れば分かりますから…」
貴方を追いかけてきたはずだった。
私よりずっと王子に近く、ずっと頼りになる、大きな背中をずっと追いかけてきた。なのに私は怖かったのだ、彼の側にいることが。
下らない感情だと思った。この国を守るためには必要がない、王子と共に国を繁栄させることが使命の私にはそんなものは価値がないと。
しかし、どんなに心を閉ざしてみても彼はいとも簡単にその扉を開けてきたのだ。
「全く名前は相変わらずだな…お前の働きは見ずとも分かる」
「……パーシバル…私は…」
「どうした?」
何故こんなにも苦しいのだろうと自問自答する毎日だった。彼に見送られたあの日から、私は再び心を閉ざして全てを忘れたふりをしてきた。それがこうして出会った瞬間、今まで作り上げてきたものが崩れていくのが分かる。
パーシバル、貴方の存在がどんなに大きいか分かる。
「…いいえ、何でもありません」
「今日は我々も進軍せず近くで休養している。案ずるな、時間はある」
その時私は知らなかった。ミルディン様がこちらまでいらしていたこと。そして、他でもない王子自身がパーシバルを一人でこちらに寄越してくださったということ。後々それを知って、改めて王子へ付いていく決意を固めたのだ。
「セシリアは…戦いが終わったら軍将を下りると言うことだろう。そうなれば名前に招集がかかるのも時間の問題だ。覚悟しておいた方が良いぞ」
「あら、何故突然に?」
「もともと文官の方が向いている質だ。この戦いでさらにそう感じたのではないか?」
「貴方は…どう思っていますか?私が今更魔道軍将に就くことを…」
私が隣を見遣ると、パーシバルは聖女の塔を見上げていた。真剣な眼差しは、まるでエリミーヌ様からのお告げを聞いているかのようだった。私の視線に気付いてこちらを向いた時、それはよく知っている柔らかい表情であった。
「お前にしか見えない世界を私にも見せてくれ」
「パーシバル…?」
「私には名前が必要だ。首都に…アクレイアに共に来てくれ。残りの人生を共に生きよう」
この世の中には言葉にならない感情があるものだ、と実感した瞬間だった。
見つめ合う二人の間をエトルリアの慣れ親しんだ空気が、また同じ方向を向いて歩いていけると思わせてくれたのかもしれない。
「…貴方はずるいですね、パーシバル。いつもそうです」
「私に何も告げずに消えてしまうほど薄情な名前ほどではない。今度は私の手を取ってくれるだろう?」
差し伸べられた手にそっと自分の手を重ねるとそれは強い力で彼に引かれ、次の瞬間には私自身が彼の中に収まっていた。
いつかこんな関係になれれば、と望んでいた出来事が現実になるなんて、私の頭は混乱を極めていた。
「愛している、名前。昔から名前だけを愛していた。これから同じ道を同じように歩んでくれるか?」
「パーシバル……。私は…自分だけが遠回りをしていると思って…。ずっと…貴方を追いかけてきたはずだったのに…素直になれなくて…」
「名前がそうなのは私が一番知っている。迎えに来るのが遅くなって、すまない」
「私も…貴方を…パーシバル、貴方だけを愛しています…」
私の頬を伝った涙は彼の肩に染みを作った。夕暮れの聖女の塔は、愛を誓い合う私達を隠すように影を伸ばしてくれた。
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