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調子が悪い気がすると思った朝方、本当に調子が悪くなった夕刻。頭が沸騰しているのかと思うほどに熱いのに体は震えるほど寒い。真っ直ぐ歩けている自信もなければ、仕事をしっかりこなせているのかも分からない。
呻き声を上げながら恨めしそうに夕陽を見ると、それはとても暖かそうで、彼女は手を伸ばしたが勿論のこと届くことはなく、だらりと下がった腕が重くてずるりと椅子から落ちそうになる。
風邪を引いたから休ませて欲しいと一言かければ済むものの、そうもいかないのがエトルリアの将軍。自己管理がなっていないと部下へ掛けた言葉がそのまま返ってくるようだ、と名前は失笑した。
なるべく誰にも会いたくないから一人で仕事をすると近しい部下に宣言し、今に至る。今の今まで、要件がある者以外に会ってはいないので彼女の体調がおかしいことに気付いた者はいない。一人きりで仕事をすることもあったので、部下も何ら不思議には思っていないのであろう。
寒い、と名前が立ち上がろうとするとあまりの熱の高さに膝の関節が笑ってその場に崩れ落ちた。這いつくばってソファまで辿り着くも、そこで彼女の記憶は途切れた。
手のひらに温もりを感じ、名前は目覚めた。将軍の部屋に備え付けられたベッドに包まれているようだったが、景色が自室と違うことに気づく。ふと視線を移動すると、金色の髪が視界に入る。まさか、と名前が起き上がろうとすると激しい頭痛が彼女を襲った。
「っ……!」
「……名前……」
「パーシバル……?」
名を呼ばれたので返事をするも、彼はベッドの脇に置かれた椅子に座って眠っているようだった。夢の中にも自分がいることが嬉しくて名前は口元を緩ませた。
しかしこれではパーシバルが風邪を引きかねない。一国の大将軍ともなる人間が体調を崩しては国益に影響を及ぼしてしまうかもしれない、と名前は痛む頭をなんとか起き上がらせ、彼の温もりから手を離した。
「名前?起きたのか?」
「パーシバル…すみません。起こしてしまいましたか?」
「いや、構わん。ところでお前、体は……」
パーシバルは珍しく眠そうな目を向け、名前の頬を撫でながら彼女の体を気遣う言葉をかけた。温かく優しい感触に目を閉じると、その頼もしい手に頭を預けたくなってしまう。
「まだ熱いな。そのまま寝ていろ」
「いえ…まだ仕事が……」
「お前の仕事なら部下に任せておいた。既に終わっていることだろう。具合が悪いことをどうして知らせなかった。私にも言えぬか?」
諭すような視線が名前へと突き刺さる。無理をして彼に迷惑を掛けているのでは結果同じではないか、と彼女は観念するように謝罪の意を示す。するとパーシバルは名前の額へ優しく口付け、もう一度眠るようにと彼女の体をベッドへ沈めた。
「治るまで私の部屋からは出さないからな」
「ふふ、厳しい将軍です…」
名前は柔らかいキルトを口元まで引っ張って温もりを閉じ込めた。パーシバルが髪を撫でる感触が心地よく、彼女は再び意識を手放した。規則正しい寝息が聞こえたのを見届けて彼はもう一度額へ口付けをして寝室を後にした。
パーシバルはとてつもない不安に駆られたのだ。部屋に入った時、彼女が倒れていたのだから。抱き上げると異常なまでに高い体温に苦しそうな呼吸。彼は即座に名前を抱きかかえ、彼女の部下に指示をして自室へと向かったのだった。
「名前……」
ベッドに寝かせた彼女の手を取り、パーシバルは愛しげな瞳で眠り姫をしばらく見つめていた。
「パ……シバ…ル……」
不意に名を呼ばれて我に返ったが、額に手を当てるとまだ熱が下がっている様子はない。うわ言で自分の名を呼ぶ名前を見つめる瞳は、たえず部下に見せるような鋭いものとは似ても似つかないほど甘いものであった。
「お前が無理していることは分かっていたのだが…。ここまでとは気付かず、すまなかった」
自責の念を今の彼女に吐露したところで自己満足でしかなかったが、パーシバルは自分が眠ってしまうまで名前の側を離れることも、その手を解くこともしなかった。
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