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満天の星空を見上げる。きらきらと瞬くように遠い宇宙から伝わる光は、長い年月をかけてその輝きを地上へと届ける。人はその光を見て、ある人は束の間の休息を取り、ある人は涙する。星の光というものはどんな時も不思議なものだ、名前は目を細めた。
戦いが終結し、エトルリア王国は荒れた国土の復興に追われた。どんなに汗水垂らして働いてもなかなか進まない復興に民は疲れ果て、安らぎを欲していることは名前も十分に分かっていた。だからといって彼らを休めるわけにもいかず、騎士達は力強い声で民を従えていた。
しかしこの星が顔を出す頃になるとその厳しい声も、至る所で響く鉄の音も、段々と静まっていく。
いつかまたこの国が元通りになる時が来るのだろうか、冷たい風はそんな不安すら感じさせる空気を纏っていると彼女はたびたび思っていた。
「名前」
「…パーシバル……?」
「顔色が悪いな。休めているか?」
「私ばかり休んでいるわけにはいきません。民が…苦しみながら働いているというのに…。平和が、平穏が、確立するまで私も走り続けます」
それは違うと言わんばかりの彼の気難しい表情を笑顔を作って見上げると、パーシバルはそんな名前の頬に手を伸ばした。ミルディン様は必ず戻る。それまでに私たちが出来ることをするまでだ、と。
エルフィンと名を変えてリキア同盟軍に同行していた彼らの王子は、真っ直ぐな気持ちで世界を捉えていた。これからエトルリアがどう動くべきなのか、将軍であるパーシバルやセシリア、ダグラスがどうあるべきなのか、そして名前がどうあるべきなのか。彼は個々に説いた。
「ミルディン様は、私をお咎めにはなりませんでした。いつまでも民の側にいるように、と……そう、仰いました」
「名前、お前は民からの信頼も厚い。だからこそ、民を鼓舞できるのはお前しかいないのだ。自分をもう少し大切にしてくれ」
「パーシバル…それは、あなたも……」
「私の代わりなどいくらでもいる。だが、民が信じる“名前様”はお前だけだ」
民衆が名前に求めることは多かった。エトルリアでは珍しくない顔立ちに生まれたものの、彼女の信念の強さや魔道の才能から、エリミーヌ様の復活だと崇める人もいれば、姫さまと呼び慕う子どもたちも多かった。
そんな民に対し、名前はいつでも優しく穏やかに接した。激昂して怒声を浴びせられることもあったが、その度にエトルリアの上層部の卑劣な行為に怒りを覚え、地方貴族による圧政と着服を暴いて民へと還元してきた。もちろんその行為は一部の貴族から大きな反発を呼んだが、反乱を起こすほどの力を持つ諸侯は残っておらず、それどころかベルン動乱によりリキアやオスティアとの繋がりが深まったことでそれらの反乱は牽制されていた。
そんな情勢も相まって民からの名前への信頼は絶大であり、彼女が村に訪れると幸運がもたらされるとまで噂されていた。
「私は……。私の信じる道は、貴方と同じだと思っています、パーシバル。貴方とて代わりはいないのです。貴方がいたから、私はアクレイアを出て民を導くことが出来たのです。パーシバルでなければ、私はこの地に残る選択しか取れなかったでしょう」
「名前…」
「今は、私が民に働きかけることによって、ミルディン様の戻られる場所を守りたいと思っています。それが私に課せられた使命だと……」
「そうだな。お前が守ってきた場所なら、あの方も満足されるだろう」
ふっとパーシバルの堅い表情が崩れると、名前も釣られて笑顔を見せた。2人で笑い合う未来がこんなにもすぐ側にあったなんて、あの頃は思いもしなかった、と彼女は地方へ出掛けている頃を思い出した。颯爽と現れた魔道騎士に縋るように頼ってきた、苦しむ民衆の姿。アクレイアと同じエトルリアとは思えないほど枯れた大地。あの村で過ごした時間は大きな進歩にはなったが、パーシバルと肩を並べる日は遠いと切なく星を見上げたものだ、と名前は瞬く光を真っ直ぐに見つめた。
「ミルディン様が戻られた時、民が祝福できるよう、今は辛くとも我慢する他ない、そう思っています」
「あの方は強い方だ。名前が思うよりもずっとな」
「パーシバル……」
「ここでお前が倒れたと後で聞かれた時は、それこそ私がミルディン様から咎められる」
だから、とパーシバルは言葉を切って頬に添えた手を肩へと移した。この細い肩に主君をはじめエトルリアの民衆から騎士達まで、様々な人間の期待という重圧がのしかかっているかと思うと、自分は無力だと感じざるを得なかった。
名前には人を惹きつける力があった。常に冷静で笑顔を失わず、民や騎士に希望を与える存在。そんな彼女だからこそ、エトルリアの民はもう一度上層部の人間を信じようとしてくれた。
パーシバルは名前の細い肩へ腕を回し、その体を優しく抱きしめた。
「あまり根を詰めぎるな。ここで倒れられては私も困る」
「困る…だけですか?」
「身が持たんな」
「パーシバル…」
「もういいだろう、名前」
肩口に頭を押し付けられて彼の表情を窺い知ることは出来なかったが、パーシバルなりの照れ隠しなのだろうと名前はそんな彼への愛しさにふっと笑って広い背中へと腕を回した。
混沌とした国に差す一筋の光。それは星のように儚くぼやけたものではなく、地を照らすほどの強い光で、荒れた大地にすら花を咲かせてきた。星たちが厚い雲に覆われたとしても、民を導くその強い光、強い信念が消えることは決して無い。
その光を失う訳にはいかない、とパーシバルは輝く名前の髪を梳いて口付けた。
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