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森の茂みから弓矢が放たれた瞬間、パーシバルはそちらに目を向けるだけで精一杯だった。避けられるかなど考える暇はなく、その切っ先がこちらに向かってくるのがスローモーションのように脳裏へと焼き付く。そして突如として間に現れた金色の髪が視界に広がり、舞った。
「名前…!」
それが彼女の姿だと認識されたのは弓矢が彼女へと突き刺さった後で、パーシバルは怒りに任せて敵の弓使いを始末し、倒れた名前の体を起こした。
肩へと突き刺さったは毒矢だったようで彼女の体へとすぐに変化をもたらし、呼吸が荒くなり、顔色が悪くなった。
「パーシバル……よかった…無事で……っ!」
「何も言うな…!」
「貴方は…、生きて……」
息が切れはじめ、彼女の体力が毒に侵されて限界に近付いていることを知らせる。パーシバルは名前の肩口の服を破き自らの服を割いてきつく巻き付け、矢を抜いた。痛みに顔を顰めた彼女の頬に触れ、額に口付けた。
「名前……!決してお前を死なせはしない…!」
愛の接吻が名前に届いたか届かないかのところで彼女は意識を失った。パーシバルは片腕にその体を抱え、傷に口をつけて毒を吸い出した。血の味が口に広がり毒素で痺れる感覚が不快であったが、シスターがリブローを届けるまでそれを続けた。
戦いの後彼女は上質な天幕に移され、シスターによりレストとライブが代わる代わる掛けられていた。毒による高熱で意識を失っているらしく、その天幕に入ることは未だ許されなかったパーシバルは少し離れた大木に背中を預けて彼女の無事を祈っていた。
時折まだ口の中が痺れるが、彼女を失うことほど恐れることなどない、と彼は奥歯を噛み締めた。
「パーシバル将軍…大丈夫ですか?」
「クレインか。それを聞くべきは私ではなく名前へだろう」
「名前さんの容態は伺いました。パーシバル将軍の処置で一命を取り留めたということではありませんか」
クレインはひと声かけて彼の隣に腰を下ろした。昔はこうして気軽に話をする間柄であったのだが、パーシバルが騎士軍将となってからは会話をすることも減っていたのだ。懐かしい、とパーシバルは隣の青年の表情を横目で見つめた。
「ああ、それは私もシスターから聞いたが、それが何だ?」
「何だって…パーシバル将軍も解毒されなくては、体に負担が……」
「私の体のことは私が一番よく分かっている。クレイン、忠告は有難いが今は自分の身を案じろ」
大人げないと分かっていながら、今のパーシバルには心配してくれるクレインを思いやる余裕がなかった。生死の境を彷徨っている彼女を失うことがどんなに恐ろしいことか、未だに彼には想像も出来なかった。パーシバルはクレインを置いて立ち上がり、名前への天幕へと歩みを進めた。
冷静に見えて落ち着きのない彼の後ろ姿を、若き弓軍将は心配そうに見つめていた。
「パーシバル将軍…。熱は下がりましたが、まだ目を覚まされない状況です…」
シスターエレンが申し訳なさそうに頭を垂れるのを見て、パーシバルは彼女に感謝の意を示した。名前が治療を受けている天幕に入ると、最後に見た姿と変わらず彼女はそこで静かに眠っていた。
エレンは彼女の容態を伝え終わると一礼して天幕を出て行き、静寂が訪れた。
「名前…」
長いまつげの下に輝く瞳は固く閉ざされ彼を映してはくれない。パーシバルがそっと彼女の頬に手を伸ばすと、確かに体温が安定しているのを感じた。彼女が生きている、それだけでこんなにも心が救われるものかと彼は小さな体の名前の存在の大きさを実感した。
誰かを愛することは自身の弱さに繋がる、と伝え聞いた誰かの言葉をパーシバルは思い出していた。確かに彼女を失うことは彼にとって致命的な打撃となり、心に穴を開ける要因になるだろう。だが、彼女がいるだけで、生きているだけでこんなにも強くなれるのだ。短所よりも長所の方が遥かに大きい、とパーシバルはその言葉を否定した。
「名前、どうか目を覚ましてはくれないか」
彼女の手を取って、その細い指へと口付ける。眠り姫のように固く閉ざされた瞼はぴくりとも動かず、彼女の呼吸する息の音だけが微かに聞こえるだけの空間。パーシバルはその静寂に耐えられず、深く息を吐いた。
「夢見るエトルリア王国は、名前無しでは成し遂げられんだろう」
驚く程に弱気な言葉だ、とパーシバルは自嘲気味に笑った。彼女が自分の立場であればもっと前向きな言葉をかけるだろうと思ったが、今の騎士軍将にそんな余裕はまるでなかった。細い肩に掛けられた期待と重圧。それを周囲に全く感じさせないほど落ち着いた所作は多くの騎士の憧れとなり、手本として自らが第一線に立って彼らを導いてきた。
パーシバルが名前へ愛を伝えたのはたったの一度きりで、それ以来二人きりで話すこともなく各々戦場に赴くことになったため、彼はそのことを非常に後悔していた。
「愛している……名前……」
彼が小さい声ながらはっきりと言葉にすると、握った名前の手が少しだけ動いてパーシバルは彼女の名を何度も呼んだ。その声を聞いたクレインが天幕の入口を覗き込み彼らの様子を伺うと、名前の手を取って必死に名を呼ぶパーシバルの姿があり彼はそんな将軍の姿に目頭が熱くなるのを感じた。
「名前、私が分かるか…!」
「……ええ……パーシバル………」
「…名前……!」
クレインは天幕の出入口をそっと閉めてふうっと深く息を吐いて目を閉じ、迫り来る涙を押しとどめた。そして名前の意識が回復したことを伝えるため、シスターエレンの元へゆっくりと歩みを進めた。二人きりで過ごす時間が、少しでも長く取れるように。
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