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※パーシバルの部下の日常。夢主は魔道軍将としてエトルリアに戻ってきています。
噂が流れることは風紀が乱れた証拠だ。キッと睨みを効かせれば口の軽い彼らは焦ってこちらに敬意を表す。呆れたものだ、とため息を吐くと将軍も同じ思いだったようで、ご苦労だなと声をかけられた。
私がパーシバル将軍の元に配属になったのは前のことで、彼の纏う鋭い空気に慣れずしばらく緊張していたことを思い出す。今となっては時折笑みも見せてもらえるようになり、随分と信頼されたものだと感じることも増えた。その分、侍女達からパーシバル将軍について聞かれる回数も増えたのだが。
ベルン動乱が落ち着き“あの方”がアクレイアに戻ると、噂好きの侍女達の騒ぎは更に加速した。地方遠征に出かけていたあの方が帰還してから将軍の位につくことが噂になると、それは瞬く間に広まり、侍女達が私の元へとやって来ては真偽のほどはと質問攻めにしたのだった。
正直あれはもう勘弁して欲しい、と私が歩きはじめた将軍に聞こえないように呟くと、彼は足を止めてこちらへ顔を向けた。まずい、叱られる、と覚悟するも将軍が動く様子はない。
「名前」
「パーシバル」
「アクレイアは慣れたか?」
「あら、私も以前は此処にいた身ですよ?」
忘れたのですか、とくすくす笑う名前様は美しく思わず見惚れてしまったが、職務中にいけないと私は強く瞬きをしてその笑みから目を逸らした。
後ろを歩いてきた彼女の存在に気付かないなど騎士として失格ではないかと自分の集中力に欠けた思考に私は頭を掻いた。
パーシバル将軍と名前様の仲は周知の事実ということもなく、私がそれを知っているのは将軍に近い人間であるからというだけで、侍女達はお二人の関係性を知らない。
無論近しい人物であれば分かるだろうが、如何せん大軍将へも昇進する勢いの実力者であるパーシバル将軍と、魔道軍将に推薦される力の持ち主の名前様という偉大なお二人の間柄を口外する者は少ない。
「貴方も大変ですね、冗談の通じない上司がいては」
「い、いえ…!そんなことは断じて御座いません!」
「ふふっ、名前様ったら、彼もお困りですよ」
突然話を振られて動揺したが、名前様の部下が笑ってくれたことで事態は収束していく。間一髪だ、とほっと胸を撫で下ろしていると、名前様の部下の女性がこちらににこりと笑って見せたので、私もなんとか笑顔を返した。
そういえば彼女は名前様が遠征にも同行させるほど信頼が置ける人物、つまりは優秀な人であるのだ。
言っては私も、パーシバル将軍の部下として近くに置いてもらえているので同様の立場ではあるのだが。
「名前、今夜はどうするのだ?」
「伺うつもりですが…何か予定が?」
「否、そうではない。確認のためだ。最近私たちの関係を探る者がいるようだからな」
「そうですか…。アクレイアでもあまり不用心には出来ませんね」
ですが、と名前様は将軍に笑みを見せた。それだけで将軍も意味を理解したようで頷いて少しだけ口角を上げていた。何事かと名前様の部下へ視線を移すと、彼女も私と同じように状況を把握出来ていないようで頭の上に疑問符が沢山浮かんでいた。
ここまで互いに信頼し理解し合えるお二人が道を分かつなど、あの頃のエトルリアは随分と荒んでいたものだと実感せざるを得ない。
ミルディン様が命を落とした、という体裁で姿を消してから王も人が変わり諸侯は好き勝手に動き回り、今はその後始末に追われる毎日だ。それなのに名前様は笑顔を絶やすことはないというから尊敬に値する、と私は去ろうとする名前様に頭を下げた。
「貴方も、無理は禁物ですよ」
「はっ、畏まりました」
「では、パーシバル。また、後ほど」
「ああ、名前」
去り際に見せた微笑みは美しく見惚れそうになったところを息を吐いて現実へと引き戻し、パーシバル将軍の後を追う。将軍の纏う張り詰めた空気が少し緩んでいるのを感じ、名前様の持つ力を実感する。あの厳格なパーシバル将軍をも虜にしてしまう美貌と聡明な頭脳を持つ彼女が、他の兵士達の話題の的になることは目に見えている。それでもそれが許されないのがエトルリアの騎士なのだ、と私は再度身を正した。
眉目秀麗な騎士軍将と、容姿端麗な魔道軍将のお二人が揃うととても眩しいのですよと侍女が言っていたのを思い出す。だがお二人の眩しさは決してその容姿だけではない。お二人だけに通じる絆こそが眩しいのだ、と私は徐々に理解しつつあった。
パーシバル将軍に与えられた自室に到着した時、私も呼ばれてその中へと足を踏み入れた。将軍の部屋へは何度も来ているが、全くもって無駄のない部屋である。重要な書物が整然と棚に並び、書机の上は明かりと読みかけの書物、そして書類が少し積まれているだけであった。
「近いうちにミルディン様が戻られる」
「なんと…!」
「ああ。ダグラス殿を経由し私に情報が入った。それ故にお前の地位も動くかもしれぬ。心しておけ」
「はっ…。不躾ながら将軍は…」
「…小耳にでも挟んだか。ダグラス殿が退かれる際には私が就くことにはなっているが、まだ先の話だ」
これ以上の会話は無用だとばかりに下がれ、と言われて私は部屋を後にした。私に宛てがわれた部屋はパーシバル将軍の部屋から少し下がった場所にあり、ミルディン様が戻るという衝撃的な発言に圧倒されながら階段を下っていた。
「あら、顔色が悪いですよ。落ちないように気をつけてください」
「…名前様…!も、申し訳ございません…!」
「ふふ、構いません。その様子だと貴方も聞かされたのでしょう。私の部下も同じように動揺していましたから」
名前様が気配を消すのが得意なのか、私の方が不注意なのか、将軍が目の前にいらっしゃるのに気が付かなったのだ。彼女がお相手でなければ随分叱られていただろうと頭を下げるも咎めることなく笑ってくれる。
きっとパーシバル将軍のお部屋へ行かれるのだろう、と動揺した頭で考えつつ頭を上げると名前様の羽織が曲がり角で消えるところだった。
「ミルディン様…」
そう呟いて私は部屋に入り、一目散へと寝台へと向かう。今日も疲れた。パーシバル将軍であれば着替えもせずに寝台へ身を投じることはしないだろう。それにお二人は今、将軍の部屋にいらっしゃるのだ。
これから二人でなさることを想像して赤面して湯浴びする気分になり、私は重い体を動かして戸扉を開けた。
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