いつからだろう、あの紫色を目で追い始めていたのは。戦争が終われば同盟軍として共にいた日々も終わりを告げ、散り散りになる。それまでに結論を出さなくてはならないと分かっていても、前に進むことが出来なかった。否、拒絶されるのが怖かったのだ。飄々としている彼を繋ぎとめられる自信がない、というのも一つの理由ではあったが、それ以上に自分に振り向いてくれると思えないというのが大きな理由であった。

名前は森の端で木に背中を預け、広い空を見て目を細めた。離ればなれになった後は二度と会えない人たちもいるだろう。会いたい人に、会えるのだろうか。

「おーい、名前!」
「…幻聴まで聞こえてきちゃった」
「無視すんな!聞こえてんだろ、名前!」

がしっと肩を掴まれてその声が本物であることは分かったが、彼が自分に声を掛ける理由が見つからない。驚きながら何事かと振り向いてその声に応えると、ヒュウは怪訝な顔をして名前を見つめていた。
彼にこんな顔をさせるようなことをしただろうか、と思いを巡らせても特に思い当たる節はない。名前が口を開こうとした瞬間、ヒュウは彼女の手を取った。

「行くぞ!」
「えっ、行くって、どこに?」
「もちろん俺と一緒に来るだろ?」
「一緒にって?ちょっと、ヒュウ、待っ…!」

お前のこと待ってたら爺さんになっちまうだろ!と笑うヒュウに、名前は目を丸くして手を引かれるまま足を動かしていた。何が起きているのかさっぱり理解出来ない。優秀な闇魔道士の家に生まれた彼と、平民の自分。一緒に行くところが見つからない。

「ヒュウ…!」
「何渋ってんだよ」
「きゃ…!」
「お前にはそんな選択肢、ねーよ」

有無を言わさぬ抱擁に名前は言葉を失った。ヒュウはこんなにも積極的で強気な人間だっただろうか、と過去の彼を思い出そうにも目の前に広がる紫色と触れ合う体の熱さで徐々に何も考えられなくなっていった。
彼に触れられている箇所が熱を持っていくのを感じる。どくどくと鼓動が早くなり、その熱い血液が全身に巡っていく。ちょっと落ち着いてと冷静な理性がそれらを宥めても時すでに遅し、名前の頬も赤く染まっていった。

「あ、あの、ヒュウ…」
「名前、俺はお前が好きだ」
「は…?」
「だから、一緒に来てくれるだろ?」

触れる体と突然の告白に思考回路が追いつかない、と名前は頭の中が悲鳴を上げているのを感じた。返事をしなくては、でも顔は赤いだろうから上げたくないし、そもそも何が正解なのだろう、とぐるぐる考えていると、体が離されてヒュウが体を縮めて名前の顔を覗き込んできた。

「顔、真っ赤」
「う、うるさい!誰のせいだと…!」
「はいはい」

そのまま彼の顔が近付いてきて、名前は咄嗟に目を瞑った。これはキスをされると目も唇もきゅっと結んでいると、瞼へ柔らかい感触が降りてきて名前は拍子抜けした。
キスは口にするものでは無いのかと恐る恐る目を開けると、にやにやと笑うヒュウの表情が目の前にあり、騙されたのだと彼女は理解して更に顔を赤く染めた。

「ヒュウ、あなたね…!!」
「何だよ、期待してたんだろ?してやろうか?」
「け、結構です!」
「まあそう拗ねるな。とびきり甘いヤツ、やるからさ」

これ以上一緒にいると血が沸騰しておかしくなりそうだ、と名前がヒュウを拒絶するも、簡単に回り込まれて両腕を抑え込まれる。そんなに押しに弱いはずではなかったのに、どうして彼だと力が入らないのだと彼女は必死に抵抗するも、やはり相手は男性で、力では敵わない。助けを呼ぼうにも同盟軍は森の向こうで野営の準備をしている。誰かが来る可能性は低い。

「暴れるなよ」
「無理矢理するのは良くないと思う!」
「双方の同意があればいいんだろ?」
「私は同意してません!」
「させるから細かいことはいいんだよ」

名前の両腕を片手で抑えつけ、空いた手でヒュウは彼女の顎へと手を添える。今度こそ絶対にキスされる、と名前は観念して目と口を固く閉じると、唇へと柔らかい感触が落ちる。そしてそれは長く続き、名前は次第に呼吸が苦しくなり、手を動かし抵抗し、口を開こうとした。その瞬間を待っていたかのようにヒュウの舌が名前の口内へと侵入し、ぬるりと彼女の舌へと絡みつく。

「んっ…はぁ…っ…」
「名前って、ほんとソソる顔するよな…」
「ヒュウ、何で…!」
「だから、好きだって言ってんだろ!」

両腕は相変わらず固定されたままで、名前は俯くことでしか抵抗が出来ない。どうしてそんなに真っ直ぐなの、と彼女はヒュウからのとめどない愛を受け止められずにいた。自分と一緒に居ても、彼を幸せにする自信など欠片もない。なのに、何故と名前は泣きたいのを我慢して目を瞑った。

「仕方ないだろ、もう止められないんだ」
「ちょっ…ヒュウ、何して…」
「俺の印」

ちゅっと吸われたのは名前の首元。何が起こったのだろうと彼女は彼の唇が触れた部分を確認しようとしたが、手は使えない。この際頭突きでもしてやろうかと思ったが、そんなことを考えている間に再び唇が奪われ、同時に組み上げられた手は解放されたが、背中へと回された熱い腕に名前は抵抗する術を失った。