「なあ、覚えてるか?」
「何のこと?」
「ロイドが最後にニノに言った言葉だ。俺はまだ…あの日から変われずにいる」

ラガルトはそう言って天を仰いだ。あの日、それがいつを示しているのか分からない名前ではなかったが、彼の言葉に返事をすることはなく口を閉ざした。
あれは決戦というべき日だったのだろう。名前は瞼を閉じて当時の景色を思い出していた。
黒い牙としての誇りをロイドはニノと対峙しても、決意を変えることは無かった。そして彼は妹に「おまえは前を向いて生きろ」と言葉を掛けたのだった。

「情けないぜ、まったく」
「そんなことない。ラガルトは…頑張ってるよ。十分、前を向こうと必死になってる。私には分かるよ、だから…!」
「名前、無理すんな」
「無理してるのはラガルトの方でしょ!」

どんなに辛く苦しくても彼がその苦痛を他人に見せることは無かった。何事も無いように繕って軽口を叩いて壁を作るのが得意だから、その先に踏み出せなくなってしまう。
名前はそんなラガルトの性格を分かっていながら彼の深層をこじ開けることはなかったのだが、今回ばかりは彼女も譲らなかった。

「おいおい、どうしたってんだよ急に」
「どうしてラガルトはいつもそうやって…全部隠してしまうの?いつも私のことばっかり心配して…」
「なんて事はねぇよ、俺の性分だ。そんなの名前が一番分かってるだろ?」

ラガルトのことは分かっているようで何も知らないのだ、と名前は思った。余裕があるように見せるのが得意で、誰かに心配されるのも、弱みを見せるのも、全部苦手。
そんな彼の、一体何が分かっていると?

「ラガルト、お願いだから、辛い時は辛いと言って?私に頼って、お願い…!」
「名前」

彼の苦しみは計り知れない。黒い牙が解散し、残されたものは散り散りになった。ニノとジャファルの行方は知れず、旧友は皆命を落とした。名前はそんな彼の悲しみを思い、涙を流した。自分の弱さを見せることが一層彼を苦しめるのではと思い、彼女はラガルトの前で涙することはなかったのだが、一度流れた涙は留まらなかった。

「悪かった。俺はこんな生き方しか出来ないし、知らねえんだ。あいつは前を向けって簡単に言うけどな…」

その言葉は彼の悲痛の思いを表すようだと名前は感じた。ロイドが遺してくれた言葉すら実践できないと嘆くラガルトの実直な気持ちの欠片が、名前の心へ鋭く突き刺さる。

「じゃあ、私が代わりに泣く…!ラガルトが苦しい時、悲しい時は、私があなたのために…!」
「なぁ、名前。俺はお前には笑っててほしいと思ってる。お前だけは俺が守ってやりたいってな」

ラガルトは変わらず口元に笑みを浮かべていたが、その瞳には寂しげな色が見えた。守れなかった友と守れないと突き放すことしか出来なかった仲間のことを思っているのだろうか、と名前は考えた。
どちらにしても、今の彼を救えるのは彼女しかいなかった。

「それなら、ラガルトが心から笑ってくれないと、私も笑えない。あなたの本当の笑顔くらいなら…私にも分かる」
「そんな泣き顔で言うなよ、ずるいぜ」
「これは、あなたが何も言ってくれないから…!」
「そうかっかしなさんな…。可愛い顔が台無しだ。ほら…行くぞ。お前を巻き込んだことは謝るが、今更手放すつもりはない。側に居てくれるんだろ?」

頬に伝わる涙の跡を手のひらで拭い、ラガルトは名前の手を取った。細められる目に、少しだけ彼が照れているのではと彼女は思った。

どんなに時間がかかってもいい。今はまだ後ろ向きでも、いつか前を向いて歩いていこう、亡くした友の分まで、二人で一緒に。