扉にもたれたまま眠る






夜営の間は必ず見張りを置くことが決められ、彼女はその当番のはずだったのだが、エリウッドは目を閉じたり開いたりうつらうつらしている名前を見て目を細め、ずるりと落ちかかっていた毛布を肩からかけてやった。
君は頑張りすぎだよ、彼は呟いてその場を後にしようとした。見張りである彼女が眠っていることは軍にとって危険極まりないことではあるのだが、この場所は敵の手もさほど伸びてきてはおらず、それほどの緊張感も見られなかったので彼は疲れて眠る名前を起こそうとはしなかった。しかしエリウッドは再度足を止めて名前の顔を覗き込んだ。立派な騎士である彼女、普段はしっかりと周りを見て指示を出し厳しい表情をしていることが多いが、今は天使のような寝顔だ、とエリウッドは微笑んだ。

「エリウッド様?」
「ああ…君は…。そろそろ交代の時間なのかな?」
「はい。名前殿は…」
「随分疲れているようだから、僕が運ぶよ」

話しかけてきたのは交代する予定の兵士で、彼は眠気で頭を肩に埋める名前を一瞥したあとエリウッドを見つめていた。早く連れて行けと言わんばかりの真面目なその態度に苦笑して、エリウッドは宜しくと彼に声をかけて名前を抱えて充てがられた天幕へと向かったのだが、よく考えると彼女の天幕には相方の女性が眠っている。勝手に入るのは忍びない、とエリウッドは踵を返して自分の天幕へと向かった。
男性の天幕に寝かせるのは気が引けるが、女性が寝ている中に足を踏み入れる方が自分の紳士道に反する、とエリウッドはどちらの選択にも難しさを感じながら、すっかり彼の腕の中で寝息を立てる名前を見つめた。

「君の寝顔を見るのは…何時ぶりだろうね」

そっと天幕に入って名前を自分の寝ていた寝袋に寝かせると、エリウッドはその脇に腰を下ろして彼女の乱れた前髪を整えた。出会いはいつだったか、彼女は由緒正しいフェレ騎士の家柄であったため物心ついた頃にはエリウッドの側にいたため、決して衝撃的な出会いではなかった。母エレノアに気に入られていた幼い彼女は、拙いながらも自分のために様々な働きをしてくれたものだ。そして疲れて眠ってしまった彼女の寝顔を見たのはその頃だ、とエリウッドは昔懐かしい情景を思い出して名前の白い頬に触れ、その柔らかい感触に笑みを浮かべた。
彼女の規則的な寝息でエリウッドも徐々に眠気に誘われ、灯りをつけたまま重い瞼を閉じた。

「ん…あ…れ?私…?」

名前が目を開けると、寝ぼけ眼に飛び込んできたのは優しい灯りのゆれる天幕。そして纏うのは温かい寝袋。状況が把握出来ない名前が辺りを見回してその視界に現れたのは、天幕の壁にもたれて眠る赤髪の主君の姿であった。

「え……エリ…」

エリウッド様、と声を掛けようとしたものの、起こしてはならないという考えが真っ先に頭へ浮かび、その声も伸ばそうとした腕も途中で萎んだ。寝袋から伸ばした手は行く手を失い、主君の足元へと降りる。今となっては彼の眠る姿を見ることは少なくなったが、こうして見ているとお互いが幼い頃を思い出す、と名前もまた同じように過去を懐かしんだ。
肩を並べて過ごしてきたつもりはないが、幼い頃は共に城を駆け回って遊んだりしたものだ。エレノア様とエルバート様がお優しかったおかげで、今の自分がある。名前はフェレ公爵夫妻の優しい笑顔を思い出した。

「いつか…近い未来、あなたもエレノア様のような方にお会いするのでしょう」

女神のように温かい方に育てられたのだ、母のような人物を理想とするのに何の違和感も覚えない、と彼女は納得しつつも未来のエリウッドの隣にいるのが自分ではないだろうということに悲しみを感じていた。
騎士である自分が主君の隣に立つことを望むことそのものが間違っていると分かっていても、こんなにも側にいた時間を無かったことには出来ない。

「この手を、伸ばせたら……」

名前はゆっくりと手を伸ばしてエリウッドの靴に触れた。躊躇してようやく触れられたのが靴か、と自身の弱さに苦笑しながら彼女は彼の眠る姿を見つめた。
昔のように笑いあえたら良いのに。
昔のように2人の約束が出来たら良いのに。
昔のように……
そして再び名前は深い眠りへと落ちていった。






「エリウッド、朝よ。起きて……あら?」

普段は朝の早いはずのエリウッドがいない、と朝食の席を立ったのはリンだった。そして彼女が彼の天幕を開けると、そこには寝袋から彼に手を伸ばす名前の姿と、彼女に顔を向けて座って眠るエリウッドの姿があった。

「ふふ。2人ったら、仲がいいんだから」

出発までまだ時間はある。もう少し夢を見させてあげよう、とリンは笑顔でその天幕の扉を閉めた。