自分がべオクだということは、薄々勘づいていたことで、今更驚くことなどなかった。だが涙を流しながら謝る育ての母に、彼女は心を痛めた。
曖昧と言うほど定まらない存在ではない。なぜなら彼女は正真正銘べオクだから。
しかし、確立した存在ではない。なぜなら彼女はラグズとして育ったから。

彼女自身は自分の出生を不幸だとは思っていなかった。べオクの母には捨てられたが、心優しいラグズの母に愛情をかけて育てられ、不自由なく幼少期を過ごすことが出来た。それはべオクとして愛されずに生きるよりもよっぽど素晴らしいものだ、と彼女は感じていた。

「辛気臭い顔して、どうしたんだ?」
「ライ…。何でもないの。ちょっと色々考えちゃって」
「あのなぁ…」

ライははぁっとため息を吐いて名前の隣へと腰掛けた。空色の尻尾が彼女の視界で揺れる。そして彼は言った。どんなに悩んでもどんなに願っても、お前には獣の耳も尻尾も生えてこないぜ、と。
そんなこと分かってる、と名前がライの方へ顔を向けると、彼は切なげな瞳で彼女を見つめながら話題を変えた。

「べオクってどんだけ生きられるんだっけ?名前は、あと100年くらい?」
「そんなに長生きじゃないよ…。あと40年とか、そのくらいだと思う」

ラグズは長生きだもんね、と名前は寂しげに答えて膝に顎を乗せて目の前に広がる草原を見つめた。ラグズの中にも種族によって寿命が異なり、ライの獣牙族は短い方だがそれでもべオクの3〜4倍ほどは長生きする。
ライはあと何年生きるのだろうか、と彼女は頭の中で計算を始めた。

「たった40年か。まだ生まれて20年ぐらいだろ?俺はその3倍近くは生きてるっていうのに」
「ライは、あと150年くらい生きるの?」
「さあ?どうかな。俺はそんなに長生きを望んじゃいないさ」

どうして?と問いかけるとライは笑った。空色の尻尾がゆらりと揺れ、彼女の腕に触れる。擽ったい、と名前が笑みを浮かべてそのふわふわなものから逃れていると、ライはそんな彼女の腕を掴んだ。

「なあ、お前の残りの40年、全部俺にくれよ」
「え…?ど、どういう意味…?」
「名前が好きだ。べオクもラグズも関係ない。お前のことが好きだから、残りの時間が全部ほしい」

真剣な眼差しが名前のことを捕らえて離さない。何て返事をしたら彼を傷つけずに済むだろうか、と彼女は一生懸命言い訳を考えていたのだが、それすらもライにはお見通しだった。

「お前が死んでから俺が100年生きるとか、そんなことはどうでもいいんだ。今の名前の気持ちを教えてくれ」
「わ、私は……」

涙が出そうだ、と名前は俯いた。嬉しいというのが素直な気持ちだったが、これを伝えたところでお互いに幸せになれるとは限らない、と彼女は思考を巡らせていた。
どんなにライがべオクに友好的であっても、クリミアとの契約があったとしても、彼に対する周囲の風当たりはより強くなることだろう。

「60年位生きてても、今まで名前ほど好きになるやつなんて居なかったよ。だから30年だって20年だっていい、一緒に過ごしたいんだ」
「…っ、ライ…!」
「あ、やっと顔上げたな…って、泣いてるし」

長くてもたった40年か、とライは心の中で呟いてその短さを実感しつつ彼女の頬に流れる涙を拭った。彼は自分に残された時間を考えた。病気などがなければ彼女の言う通り150年程度といったところだろう。上等だ、とライは名前の頬に口付けた。
彼女と別れた後の残りの100年がどんなにつまらないものだったとしても、彼女と共に過ごした素晴らしい思い出を胸に生きていけるだろう、彼はそう思った。

「あの、ライ、わたし…っ、わたしも、あなたが…、あなたのことが、好き……!」
「ああ、知ってるぜ。鈍感なのはお前だけ」
「え………えええっ!?」

ははっとライが笑うと、何でどうしてと涙を拭うこともせず名前は彼に詰め寄った。そんな彼女をひらりと躱しながらライは隙を突いて自分の腕の中に閉じ込めた。
泣いたり笑ったり怒ったり忙しい蝶々だ、と思いながら。