切れ味の良すぎる言葉を選ぶ





穏やかな日々。太陽の光が大地を包み、穏やかな優しい風が吹き抜ける。いつだっただろうか、最後に武器を持たずに出掛けたのは。いつもなら切っ先の鋭い相棒が人々を牽制してこの市場も悠々と抜けられる。しかし平和になった今、ここも賑やかな街へと戻っており名前はそんな人混みに苦笑いしながら目的の場所へと歩みを進めた。

否、決してこの日に約束をしたわけではなかった。どうってことないただの会話の中で決まったことで、この先に彼がいるとも限らない。それでも向かうのは何故だろう、と名前は彼の長髪がいじわるに揺れる様を思い浮かべた。

「……いるわけ、ない」

丘の上の大木の下、というだけ。いつ、どの街の、なんて、そんな詳しいことを決めたことなんてなかったし、彼が覚えているとも限らない。なのに何故だろう、此処に来てしまうのは。と名前は木の幹に背を預けた。
此処に足を運ぶのは初めてではなかった。しかし戦乱の世が明けて暫くの時が経ち、もはや彼が何処に住んでいるかも分からなくなってから、いつしかの口約束を頼る以外に探す手立てをなくしてしまった。

「情けないと分かっているのに」

いつまでもあの後ろ姿を追いかけて。
あの人の声と眼差しを求めて。

「忘れられないのは、私だけ」

厳しい言葉は優しい心の裏返しで、冷たい視線は相手を心配しているから。それに気付いてからというものの、名前は彼の隣にいることが増えていた。
苦しい時、窮地の時、彼はいつも彼女の側に駆けつけてくれた。

「何一人で喋ってんだよ」

背後から聴こえた声が懐かしく彼女の鼓膜を揺らす。この音だ、と名前は嬉しさと驚きで目を閉じた。

「…貴方が、来ないからです」
「お前は相変わらず勝手だな」

ふふ、と名前が笑うと、空気がふっと和らいだように感じた。丘の上へと吹き上げる風が2人の間を吹き抜けていき、彼の赤紫色の髪が視界の端にちらついたような気がした。

「貴方も」
「あぁ?オレが勝手だと?」
「ええ…」

どれをとっても昔と変わらないやりとりだ、と名前は懐かしさに目を細めた。あの頃からずっと、否、出会った頃からずっと彼は彼で、今と何ら変わりはしなかった。変わったところといえば、随分強くなったことくらいか。

「さっきからお前は、何がそんなに可笑しいんだっての」
「シノン」
「何だ?」
「来てくれて、ありがとうございます」

振り返った先には予想通り不満げな彼の表情があり、名前はそんな彼を見上げて笑みを浮かべた。何時ぶりだろう、なんて。そんなことはどうだって良くなってしまった。だってもう一度会えたのだから。星屑ほどある“丘の上の大木”の中で此処を選んで、こうして2人で過ごせたのだから。
名前は遠くに視線を向けるシノンの表情を見つめた。当たり前に側にいたあの時が、奇跡のようだと。

「オレがお前を見紛うはずないだろ」
「え…?」
「何処にいたって見つけてやるって言っただろ、忘れたのか?」

共に歩む未来など無いと思っていて過ごして来た今までは何だったのだろうと思わせるほどの強い言葉だ、と名前はシノンの声に目を見開いた。彼の視線がゆっくりと彼女の驚いた顔を捉え、切れ長のその瞳がふっと緩んだ。

神様なんていないと分かっていた。どんなに望んでも叶わないことがある、そろそろ諦めなければならないと思っている矢先だった。こうして彼が現れたのは。

「ずるい人ですね、貴方は」
「お前ほどじゃねぇ。このオレがどれほど探したと…!」

えっ、と名前が一歩シノンに歩み寄ると彼は気まずそうに咳払いをして何でもねぇと言葉を濁して顔を背けたが、赤みがかった頬が彼の正直さを表していた。

「ね、シノン」
「ん?」
「また、ここから始めてくれませんか?」
「フン。言われなくても、そのつもりだ。名前こそ、尻尾巻いて逃げ出すなよ」

この丘から始まる物語。
どんなに苦しくても、きっと大丈夫。
貴方がいるから。私が、貴方の隣にいるから。
何もかも捨て去って、貴方と共に行くと心に決めたあの時から、変わらない。

「さっさとしろよ、置いてくぞ」