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※夢主=兎のラグズ
この千里眼が不便だと感じたのは久しぶりだ、とヤナフは思った。見たくないものまで見てしまうことに慣れていたはずなのに、それが彼女相手だとどうも上手くいかない。
兎の耳を持つ、消えたはずの幻の種族。長い耳のおかげで耳が良いかと思いきや、いつもそれを帽子で封印しているせいか特に良いことはなく、ラグズとしての特性はこれといって感じられない。
今日も森に隠れながら帽子を脱いでその耳を露わにしている名前を見つけて、ヤナフは一目散に彼女の元へ向かった。
「名前!」
「ひっ…や、ヤナフ…!」
「何だよ。俺は秘密知ってる仲なんだからいいだろ?」
「うん…。ごめんね、びっくりして…」
名前がおどおどするのは今でも変わらないことで、それは誰にとっても同じであった。アイクの妹ミストは周りと馴染まない名前のことを心配しているようだったが当の彼女は気付かずに一人でいたため、見かねたヤナフが声を掛けたほどだ。
本当はこんな役回りをするタイプじゃないんだけどなと彼は思いつつ、彼女のためなら悪くないと感じている自分がいるのも分かっていた。
「俺の声にはいい加減慣れろよな?」
「ごめんね、分かってるんだけど……っひゃ!ヤナフ…耳は…!」
「この手触り、いつ触ってもいいもんだ」
「じゅ、獣牙族の皆さんの方が、ずっとふわふわだよ…!」
擽ったそうにする名前が見たくてヤナフは彼女の耳に触れる。誰が好き好んであいつらなんかに触れるもんか、と彼は血の通った薄い耳をさらりと撫でる。愛撫を我慢する名前に、ヤナフはにやりと笑って薄い唇を近付けた。
「や、ヤナフ…!もうっ…」
「んー、いいよなぁ」
「だ…めっ!」
「いてっ!おい、名前!流石に頭突きは痛てぇだろ!」
頭突きをした本人がごめんねどこが痛い?と眉尻を下げて必死に謝るものだから、ヤナフははぁっとため息をついて名前の小さい体を後ろから抱きしめた。彼女が小さく体をビクつかせるのを感じる。まだ慣れないのかとがっかりする反面、それが彼女の性格である以上、この反応に一喜一憂しないようにしなければ、とヤナフは決意を改めた。
「あー、名前は気持ちいいな、ほんと」
「何が?」
「体温低いから」
「そんなに変わらないよ…?ベオクはもっと低いし…」
「誰が好き好んでニンゲンにこんなに近付くかよ」
その呼び方はだめだよと、むっとした名前がヤナフの顔を見上げた瞬間、彼はその唇を奪った。熱い、と彼は思った。穢れなき白うさぎの世界を、自分が色をつけても良いのだろうかと迷うこともあった。だがそんな彼の背中を押したのは名前本人であり、彼女がヤナフを進んで受け入れてくれたのだ。
「んっ、ヤナフ…」
「なんだよ名前、まだ足りねぇってか?」
「ち、違…!この体勢、変だから…」
「ふーん。じゃ、こっち向きならいいってことだな」
「もう、違うってば…!」
正面から抱きしめると耳が当たって擽ったい、とヤナフは彼女の耳の敏感な部分に頬を寄せる。まさか自分が別の種族に想いを寄せるなど考えもしなかったが、一度芽生えた気持ちを、通ってしまった気持ちを、摘み取れるはずはなかった。
名前もまた同じであった。鷹の青年との出会いは強烈で、彼に声を掛けられるのを避けていたはずだったのに、いつしか彼の近くにいることが増えた。素直な気持ちを述べるヤナフに困惑することもあったが、二人の間の障壁は段々と薄れていると感じていた。
「も、擽ったい…」
「名前、好きだ」
「ヤナ…フ…?」
「種族も年も生きてきた場所も、何もかも違っても、俺は名前が好きだ」
射抜かれるような真っ直ぐな瞳に、名前はたじろいだ。いつか来る別れの時を、彼女は恐れていた。遠い未来などではないその別れは、すぐ側まで来ているのだ。ヤナフと一緒にいたい、だがそれは彼の為にはならない。分かっているから踏み出さなかったのに、どうして彼はその壁を軽々と乗り越えてきてしまうのだろう。
「……だよ、ヤナフ……だめだよ…だって、私…」
「んなの、分かってる!」
「……」
「分かってて、それで留まれるんなら俺だってそうしたさ。でも、出来ないんだ。俺は、名前が好きだ」
それ以上言わないでほしい、と名前は顔を背けた。彼から好きだと言われる度に自分が生まれてきた環境を、境遇を呪いたくなる。こんなに長い耳などいらないから、彼と同じ様に背中に羽が生えていて欲しかった、そうすれば一緒にいられるのに、と。
「ヤナフは…ずるいよ」
「ああ、そうだな」
「そんな、簡単に…」
「簡単なんかじゃないぜ。俺だって考えたんだ。それでも、やっぱり好きだと思った」
諭されるように手を握られると、名前はその体温の熱さに涙が出そうになった。こんなに好きなのに、好きと言えないもどかしさが彼女の胸の内を埋めていた。
鷹と兎。相容れない種族の二人の恋物語が、始まる。
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