錆び付いた扉をこじ開けた先にあったものは、何の変哲もない弓だった。無駄足だったかと思いながらその弓を一瞥して辺りを見回したが、他に目ぼしいものはない。手ぶらで帰るよりは幾分か良いか、と名前がその弓を手に取ると、想像していた鉄の弓より随分と重い。だが彼女は弓使いではなく、錆び付いているせいかと思ってそのまま拠点に持ち帰ることにした。

「レオナルド、これ…あの倉庫にあった弓なんだけど…」
「ありがとうございます。これは、鉄の弓ですか?」
「それにしてはなんだか少し重いの」
「重い?」

レオナルドが名前からその弓を受け取ると、確かに鉄の弓よりも遥かに重さを感じた。見かけは完全に錆び付いたただの弓だが、まさかと彼は武器を磨く道具を漁り始めた。武器の表面を磨くなど、彼の生い立ちからして頻繁に行うことではなかったが、この戦いが始まってからというものの資金繰りも厳しく、一つ一つの武器を大切に扱わなくてはとレオナルドは自ら習って覚えていったのだった。
ありました、と錆を落とす研磨剤でその弓を磨いていく様を名前はまじまじと見つめていた。弓の正体が気になるのは勿論のことだったが、レオナルドの慣れた手つきに視線が釘付けになっているのを感じ、彼女は感心した。
貴族の生まれで年下のレオナルドが、まさかこんなにも成長しているなんて。

「やはり…!名前さん、これは勇者の弓です」
「えっ?本当に?あの…貴重な?」
「はい。まさかとは思いましたが、やはりそうでした」

きらきらと嬉しそうな瞳でその弓を磨くレオナルドを名前は微笑ましく見つめた。少年と青年の狭間にいる彼を年齢で区別する者もいるが、彼女は一人の人間として彼を評価していた。物事を冷静に捉えて戦場でも果敢に戦う姿は、一国の名の知れた兵士よりもずっと美しく、勇敢だと。
名前が自分のことをじっと見ているのに気付いたレオナルドは、何事かと気になりながらも目を合わすのを避けた。今の自分に出来るのは彼女の持ち込んだこの弓を蘇らせることだ、と。

「レオナルドがこんなにも武器の扱いに慣れてるなんて、思わなかった」
「これでも士官学校に通っていましたから…」

そう言った彼の表情が曇ったのを感じ、名前は焦って話題を変えようとした。決して見下した訳ではなく感心しただけなのだと伝えるだけ彼の心を傷つけるだろう、と彼女が突然天気の話を始めるものだから、レオナルドは何事かと手を止めて彼女を見上げた。

「あの、名前さん…?」
「あ…ご、ごめんなさい、変なことを言って。気にしないで?」
「いえ…気にしていません。名前さんこそ、僕に気を使わないで下さい」

切なげに笑うレオナルドに対し名前は彼と視線を合わせるように膝をつき、その場に座った。レオナルドが今こうして戦うことになったのは決して彼のせいではない。彼を置いていってしまった両親のせいでも、誰のせいでもない。戦争という世界の大きな出来事こそが彼を孤独にし、追い詰めたのだ。
名前は彼の身の上の話を知った時、なんて可哀想な少年なのだと思ったことを恥じた。

「いつでも、私に頼ってね。困った時は助けるし、相談に乗るから…!」
「えっ…?」
「貴方の真っ直ぐな心を失いたくないの」

親と兄を失い孤独になった少年だと聞いて、可哀想だと思う一方、それにしては真面目で誠実な人だと名前は感じた。どこを探しても自分の味方がいないかもしれない真っ暗闇の世界に取り残されても尚、曇りなき瞳で現実を見つめるレオナルドを、彼女は素直に尊敬した。
物事を悲観していることはあるが、彼の目に絶望が宿ることはなく、常に真っ直ぐ立ち向かう姿が名前の脳裏に焼き付いていた。

「あ…!私ったら、また変なことを……」
「……真っ直ぐ…ですか。そんなこと…初めて言われました。きっとエディのお陰です。明るいあいつがいたから、今の僕がいるんだと思います」
「そっか…。レオナルドは良い友達を持ったね」
「はい。でも、名前さんにも会えて良かったです」

あなたも人を立場や身分で判断するような人ではありませんから、と心で唱えてレオナルドは弓を磨く手をやっと動かした。名前は彼の動きに合わせて動く金色の髪を見つめ、暫くその輝きに目を奪われていたが、はっとして立ち上がるとレオナルドの方を振り返った。

「その弓、レオナルドが使ってね」
「僕がですか?」
「うん、私が見つけたから…あなたに使ってほしいの」

それじゃあと背を向けた名前へレオナルドは手を伸ばしたが、その指は彼女へと掛かることはなく空を切った。これ以上引き留めても何も伝えることは無かったが、何となくまだ此処にいて欲しかった。自分の中で渦巻く感情の正体が何物なのか、レオナルドはまだ分かっていなかった。
そしてそんな二人をここへ導いた一つの錆び付いた弓が、唯一磨かれた部分をきらりといたずらに輝かせた。