私は軍の中にある、戦略を書き記した本を読みあさっていた。決して後悔はしたくない。犠牲を出すわけにはいかない。マルス殿の頭脳として私は動かなければならない。
読んでいた戦術書を突然取り上げられて、私は当の本人を見上げた。
「何だこれ…つまんなそうだな」
「…チェイニー」
「良く読んでいられるぜ…感心する」
「貴方も読んでみたら?頭が冴えるのではなくて?」
はは、お前は相変わらず堅いな。とチェイニーは笑った。彼には幾度となく騙されてきたので、もう変身されても気付くようになっていた。彼も意味がないと判ったようで、私に対して変身することは無くなった。
「私には使命があるの」
「そう言うなよ。ちょっとくらい付き合えって。そんなんじゃ頭パンクするぞ?」
「余計なお世話よ」
「はぁ……全く、頑固だな」
彼はひとつため息を吐いて、ペンを持つのと反対の私の腕を引っ張った。そのお陰で椅子から転げ落ちる結果となったのだが、チェイニーは気にせず私の手を引いた。
「早く来いよ!」
「待っ…チェイニー、何処に行く気なの…?」
「っ…ああもう!遅すぎ!」
終わっちまうよ、と彼は私をひょいと持ち上げて走った。彼にこんな力があったなんて驚いた。また、私とて走れないわけではないのになぜもっと急かさなかったのだろう。暴れたい気持ちもあったが、ここまで彼が必死になっているところは初めて見たので大人しくしておいた。
「ほら、着いたぞ」
「…これは…!」
「俺の、お気に入りの場所。良いだろ?特別に教えてやるよ」
森を抜けた丘から臨む海には夕日が傾き、全てを赤色に染めていた。まるでここには私達二人しかいないような錯覚に陥りそうになった。終わっちまう、という先程の彼の言葉は、この夕日が沈んでしまうということを指していたのだろう。
「素敵……」
「ほら、名前、海好きって言ってただろ」
「ありがとう…チェイニー…」
不器用な彼の優しさは、夕日の明るさと共もに染み渡るようだった。いつも人に変身してばかりで、一向に自分の気持ちを露呈しなかった。まさか彼は自分を失ってしまったのかと思ったこともあった。
「お前がそんな風に素直だと、調子狂うな…」
「チェイニー…私は…こんなにも美しいあなたの世界を、壊してしまって…」
「……名前が何に謝りたいのかは知らないけど、お前が背負う必要無いんじゃねぇの?」
「私は、貴方が生きる世界を守りたい」
そう言うと、チェイニーは笑った。何がおかしいのか問いをぶつけてみても、彼はただ笑っていた。訳が判らず困惑していたが、その間にも空はどんどん暗くなっていった。
「ったく…変わってるな」
「え?」
「俺の世界、か…」
不意に真剣な眼差しで海を見た彼の視線を追ったが、私の視界には闇にのまれた海しか映らなかった。チェイニーの目には、私とは違う別の何かが映っているのだろうか。そして次の瞬間、強い海風が吹いた。
「……けど」
「何か、言った?」
「いいや何も。さ、行こうぜ」
「あの、チェイニー」
ん?と振り向いた彼の表情は暗くてよく見えなかったけれど、私はひどく寂しかった。長い年月、こうして短い人の命を見送りながら何を思っていたのだろう。
「…私は」
「何も言うな。俺は…まだ、」
その続きは聞けなかった。否、聞くことは出来なかった。次の瞬間にはチェイニーに優しく抱きしめられていたから。
言葉では伝えきれない想いが、彼から流れこんできたようだった。
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