幾度となく時は流れ、巡り廻る。平和も戦争もいつまでも続くことなく互いにバランスを保ち、世界は今の状態となり今日もまた時を刻んでいる。その日々を、彼はどんな思いで見送ってきたのだろうか。誰よりも長い長い、永遠に近い時間を。
私は読んでいた本を閉じて、狭い天井を見上げた。彼の言葉のせいで内容なんて全く入ってこない。
『俺を人間と同じだと思わないでくれよな。お前とは違う種族なんだ』
人間と同じ見た目をしているけれど、中身は違う。分かっていても忘れてしまう。私たちの時の流れと、彼は同じではない。分かり合えるようで、そうではないのだろうか?
「そんなこと、ないでしょう?」
私の呟きが虚しく部屋に染み渡る。チェイニーは人間が好きになれないと言ったが、それは決して嫌いではないということ。竜族に対する私達人間の今までの仕打ちを考えれば、彼が私達から逃れることは不思議ではない。しかし、分かり合える道がないなんてことはないはずだ。マルス様なら必ず、その道を見つけてくれる。
「…なんて、他力本願なのかしら」
「何をブツブツ言ってるんだ?やっぱり変な奴だよ、名前は」
「チェ、チェイニー…!いつからそこに…!」
「ちょっと前から…かな?」
積み重なった本の上に座りこちらを見るのは、紛れもなく先程から私の脳内を占拠して止まない彼であった。
すっかり椅子と化した本の山からチェイニーが軽々と飛び降りると、少しその山が崩れた。
「あ、ちょっと!」
「おっと、悪かったな。ん?何だこれ?人竜戦役?って、何の本だ?」
「他の大陸で起きたという伝承を伝えた本よ。英雄ハルトムートが魔竜を封印するという…」
「ふぅん。で、その大陸の結末は?」
結末は封印されて終わったのだ。しかし別の書物でその魔竜が蘇らされたという説も語られているが、私はそちらは語らないことにした。彼をこれ以上傷つけるわけにはいかない。
「封印、か」
「…ごめんなさい。こんな本、貴方の目に付く場所に置くことが間違ってた」
「いいや、別に気にしてないさ。何ならちょっと興味すらあるよ。これ、借りてもいいか?」
「…貴方にあげてもいいわよ、その本。何度も読んだから」
そういうとこで気を遣われるとやりにくいから辞めろとチェイニーは厳しい瞳で私を見た。こうやって、気がつかないところで彼を傷付けているのだ。些細なことでも敏感になってしまうが、それは悉く裏目に出ていた。
「ごめんなさい…」
「あのなぁ、名前は考えすぎだよ。そんなんじゃ頭がパンクするぜ?気にしなくていいんだよ、普通に接してくれ。その方がずっといい。俺にはその気持ちだけで十分だ」
「チェイニー…私は…」
「だからそんな顔すんな。お前には笑っててほしいんだよ、名前」
彼はこうして幾度となく自分の理解者を見送ってきた。やっと見つけた自分の理解者を失ってしまう恐怖を、一体何度味わってきたのだろうか。短い人間の人生の中でも見つけるのが難しいというのに。
「お、おい!泣くなよ!どうしたんだよ急に!」
「ごめんなさい…ごめんなさい、チェイニー…」
「謝るなって。謝ったって世界は変わんないんだからさ。ほら、顔上げろよ」
まるで太陽のような人だった。
いつだって支えられるのは私の方で、彼は何も変わらずいつだって側にいてくれた。だから私も、いつまでも彼の隣にいたかったのだ。
残酷な時の流れが、私たちを引き裂くまで。
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