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また出会えるだろうか。あの一瞬の再会が最後だったなんてことが有り得るだろうか。恐ろしい想像が頭の中を駆け巡るのを感じて背中には冷や汗が伝う。何も言えないまま、これでは何も変わらないではないか、と。
チェイニーは駆け出した。しばらくすれば辺りは闇に包まれる時間であったが、別れ際の名前の表情が忘れられなくて彼は足を止めることは無かった。
暗闇の中、彼女は一人で戦っているのだろう。変わらない世界を変えるために、誰の為でもなく、それは彼ら自身のために。自分が行ったところで何の救いにもならないかもしれない、それでも走り始めたチェイニーの気持ちは止まらない。
“私、チェイニーに会えて本当に良かった”
名前の笑顔が、泣き顔が、怒る顔が、真剣な顔が、頭から離れない。長い時を生きてきて今までこんなにも人間に情を寄せることが果たしてあっただろうか。全ては彼女と出会ったあの日から変わっていったんだ、とチェイニーは名前との出会いを思い出した。
「そんなとこで、何してるんだ?」
「あ…いえ、この鳥が、怪我をしてしまったみたいで、飛べなくて…」
「どれ、見せてみろよ」
変な人間だと思った。戦乱の最中で動物の容態を気にする呑気な人間が良くもいたものだ、と。彼が彼女の手元を覗き込むとそこには足を布で巻かれ座り込む1羽の鳥がいた。足を怪我したくらいで人間に世話をされるなんて情けない、飛べるだろうと思いながらその鳥を持ち上げると、チェイニーは木の枝へと乗せた。
「お、落ちてしまいますよ!」
「大丈夫。野生ってのはそういう風に生きてんだよ。な、頑張れよ」
「チェイニー…さん…」
「あんたって変わってるよな。あと、チェイニーでいいから」
心配そうに枝の上で身動き一つしない鳥を見つめる名前の表情をチェイニーは思い出していた。あんな風に小さな命を大切にする人間もいるものだ、と関心を持ったのが始まりだった、と。
どのくらい走っただろうか、段々と息が苦しくなるのを感じたがチェイニーの足は止まろうとしなかった。山道を越えて、微かな彼女の匂いを辿っていたはずだがそれも薄れていっている。それが分かったところで止まる理由にはならなかった。
「名前…っ…!」
名前を呼んでも応える声はない。それでもチェイニーは彼女の名を呼んだ。もう一度会いたいなんて感情を人間に抱くなんて、そんなもの随分と昔に忘れてきたはずだったのに、と彼は自嘲気味に笑った。どこまで来ただろうか。チキやバヌトゥ達が自分のことを捜しているだろうか。
関係ない。俺は俺のしたいことをするまでだ、とチェイニーは止まりかけていた足を踏み出した。
「あ…お前……」
一羽の小鳥が現れ、くるりと彼の周りを回って見せた。見間違いかとチェイニーは目を凝らしてみたが、やはりそれは彼女が助けたあの時の小鳥によく似ていて。
まさか、とチェイニーが声をかけるとその小鳥はピピッとひと鳴きして彼を誘うように森の奥へと飛んでいく。
「名前…お前の鳥は、大したもんだぜ…」
息切れも甚だしい。もう走れないはずなのに、足は前へ前へと小鳥を追いかけていく。見失わないようにしっかり前を向いているため足元の木々の根に何度も足を取られそうになりながら、チェイニーはふわふわと森を飛んでいく小さな命に着いて行った。
「うわっ!」
突然森が開けてチェイニーは転がりそうになるのをすんでのところで抑えた。森の中に突如として訪れた泉。そしてその傍らに座り込む一人の人間の姿。見紛うことがあるわけがない、それは彼の探し求めていた人であった。
「名前…!」
名を呼んでも返事がない。何かあったのかとチェイニーが急いで駆け寄ると、彼女は泉に足を浸して眠っているだけであった。はぁっとため息をついて彼女を抱き起こすと、腕や足の至る所に傷があるのを見つけた。一人で戦ってきた証か、とチェイニーは辺りを見回したが敵の姿はない。そもそも彼がこの森に足を踏み入れてからというものの、敵とは遭遇していない。まさか一人で、と真っ青な顔で彼女の武器を見ると随分と消耗している。湧き上がる感情が何者か、チェイニーは理解したくなかった。
「一人で行くなって言ったじゃないか」
「…ん……」
「名前?」
「…ィニー…」
「夢に見てんなよ、此処にいるだろ」
きゅっと手を握ると、彼女の瞼がゆるりと開いていく。ああ、なんて美しい瞳なのだ、とチェイニーはその色を覗き込んだ。名前、と名を呼ぶとうっすら微笑みを見せる彼女に、チェイニーの瞳から涙が溢れた。分かりたくなかったはずなのに、彼の頭は理解し始めていた。
「好きだ、名前…!だから、出会えて良かったなんて言うなら……俺の側にいてくれないか」
ぽろりと零れた涙が名前の頬へと落ちると同時に、彼女の瞳からも涙が頬へと伝って2つの雫は交わって流れ落ちた。
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