イシュメア様。
とても大切な方だったのに護れなかった。私が少し傍を離れていたせいで。いくら自分を責めても、ケセルダを仇討ちにしても、あの方は帰ってはこない。お優しい方の多いエイリーク様の軍の中に紛れているのが嫌で、私は湖の近くまでやってきた。ざわざわと水が揺れる音が落ち着く、と私はその静かな湖面をぼうっと見つめていた。
「俺は別にお前さんを責めちゃいない。そんな顔するのはやめてくれ」
彼は私の隣に腰掛け、イシュメア様に似た赤い髪の毛がさらりと揺れた。ヨシュアとて母上を亡くして誰よりも辛いはずなのに私に慰めの言葉をかけてくれる。それが余計惨めに感じるというものだ。
「…私のせいだ。イシュメア様は、私が殺したのも同然だ」
「全く、お前は相変わらず何でも背負いすぎでこっちが呆れるぜ」
ヨシュアの表情は目深に被った帽子のせいでよくわからなかったが、私のことを庇ってくれているのは確かだった。いつもそうだ。ヨシュアが私のことを責めることは今までだって一度もない。
「なぜ私を責めない?いっそ冒涜してもらった方が楽だ」
「さっきも言ったろ、俺はお前が悪いとは思わないってな」
彼のポーカーフェイスの下の感情は、幼なじみを何年やっていても、いつだってわからなかった。私に感づかれないようにしているのかもしれないが、少なくとも私がわかる範囲で表情の変化を見受けることは出来なかった。
「なぜだ!私が、私がイシュメア様をお守りしなくてはならなかったのだ!なのに、なぜ私を責めない!」
「そう興奮するな。俺は……母上の跡を継ぐ。お前が母上のことを敬愛しているのなら、俺について来い」
「…それは……」
「ジャハナ王女として、俺と共に来い。文句は勿論ないだろう?」
まさか、ヨシュアがそんなことを言うなんて予想もしていなくて、私は酷く取り乱した。そう、王女ということは私がヨシュアと共に道を歩むことを差していて、つまり……
「そ、それは…本気か?」
「惚れてる女に冗談でこんなこと言うと思うか?」
「ヨ、ヨシュア!」
「名前がそこまで焦ってるの、初めて見た気がするぜ」
そこで、彼は少し笑った。一方の私は戻ってきた王子に驚かされっぱなしで、少々頭がついていかない状態だ。それにこの態度ではヨシュアが本気なのかがいまいちわからなかった。だがそのことを考え始めると、頭が些か冷静を取り戻してきた。
「……もし、今の言葉が本気なら生き残って見せろ。そこからが、本題だ」
「ああ、約束するさ。俺は必ず生きて、お前を連れてここに戻る」
そして、ジャハナを復興させる。と、ヨシュアは鎮火した城に視線を移した。私も彼を追い、焼けた城を見た。イシュメア様の大事な息子のヨシュアは、必ず私が守り通すと誓って。
「わかってるだろうが、俺だけが生き残っても意味ないんだぜ?せいぜい俺の傍から離れないことをお勧めする」
そう言い、ヨシュアは立ち上がって軍の幕舍へと向かった。
久しぶりに見た彼の背中は私と違って、広く逞しく頼れる存在であった。
「ほら、行くぞ名前王女さんよ」
「ヨシュア、私はまだ…!」
「そう言うなって。口説き文句なんだから、大人しく口説かれてろよ」
私とヨシュアの人生はジャハナで交差し、ジャハナで別れ、再びこの地で交差した。彼に言わせればこの国にはツキがあるのだろう。
それならばきっと、またここに帰って来られるはずだ。
(イシュメア様、私たちが必ずジャハナの平穏を取り戻してみせます。どうか見ていてください)
それに呼応するかのように、静かな湖面がゆらりと揺れた。
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