※終戦後


私はジャハナに戻った。
もちろん、そこは私の知っているジャハナではない。イシュメア様がいらっしゃった玉座にはヨシュアが座っており、カーライルもケセルダも、もうこの国にはいない。

「慣れねぇな、ここは」
「いや、案外似合うと思うが」
「思ってもないこと言うなよ」

あれはヨシュアがジャハナから出て行った後のことだった。私はイシュメア様の側近兼秘書の役目を務め、民衆からの人望も厚かった。

「ほら、しゃんとしなさい!名前様がいらっしゃったよ!」
「ほんとだ!名前さまー!」

一組の家族が私に声を掛けてきた。平民だが王女付きという地位が民衆にとっては大きいらしく、彼らは私にも敬称を付けて呼ぶのが自然と浸透していた。駆け寄ってきた子どもに視線を合わせて頭を撫でると、彼は笑顔でそれに応えてくれた。

「元気そうで良かった」
「うん!名前さまがおくすりくれたおかげだよ!」
「この子ったら敬語を使いなさいと何度言えば…!本当にすみません…」
「私のことなら構わない。気を遣わなくていい」

ジャハナは商人も多く、稼ぎの多い者と少ない者で貧富の差が激しい。私は貧しい人が集まる町や村を訪れては洋服や植物の種、薬などを与えていた。
貧しい地域にいる人々ほど、昔からジャハナに住んでいる人が多く、その知恵が非常に政治にも役立っていた。

私は自意識過剰になりすぎていたのかもしれない。そんなことを思わずにはいられない事件が起きたのは、私とヨシュアが終戦後にジャハナに戻ってすぐのことだった。

「おい」
「ちょっと、あんた何してんの!名前様だよ!」
「名前様だぁ?あの王子は王族の出らしいが、あんたは違うんだろ?成り上がりやがって!俺達の身にもなってみろ!」
「………申し訳ない」
「謝って済むと思ってんのかよ!どうせ、憐れんで物を恵んでやってたんだろうよ!」

何も言い返せなかった。
私の親がどこの身分の出身かは最早わからない。しかし、貴族でないことは確かだった。あんなに裕福な暮らしはした覚えがない。ただ、ヨシュアと仲が良かったから私はこうして金に困ることがない、それだけのことなのだ。

「名前様に何言ってんのよ!」
「お前だってこないだ言ってただろ!」
「ちょっ…!ヤメてよ!」
「……本当にすまない。出来ることなら国中の者に、裕福で幸せな暮らしを送ってほしいと思っている」
「てめぇ、ふざけんのもいい加減にしろよ!綺麗事ばっか言いやがって!」

やはり私はヨシュアとは来るべきではなかった。イシュメア様の側近なら、技量と忠誠心があれば平民でもなれた。だが、王妃となれば話は別だ。臣下から貴族。その壁は厚く、高いものだった。

「もう一回言ってみろ」
「!ヨシュア…!」
「な……ヨシュア様…!」
「俺が選んだ女を認めないって言うなら、ジャハナから出ていけよ」

彼の声はいつもとは異なり、怒気を含んでいた。一息つく間もなく、私は見せ付けるように彼に肩を抱き寄せられた。
ヨシュアが町に下りてくるのは珍しいことでは無かったが、民衆の声を聞くのは私の役割だったので、こうして国民と話をすることは滅多に無かった。

「次、変なこと言ったらジャハナから出て行ってもらうぜ」
「ヨシュア…!待て、まだ話が…!」

そのまま私は引っ張られていく形で城に戻った。様々なことが頭の中を駆け巡る。
信用が無かったこと、疎まれていたこと、私の思いが微塵も伝わっていなかったこと、どれも全て今までやってきたことを無にするものだった。

「名前」
「……」
「俺は、名前以外を妃に迎えるつもりはないからな。覚えておけよ」
「ヨシュ、ア…」

ただ、彼の側に居たかった。
好きで好きで仕方なかった。
しかし、その彼は王子だった。
難しい恋、そして愛だった。
彼は私を一番に愛してくれた。
私も、彼をとても愛していた。
民衆の心がわからなくなった。
辛い時は彼が側にいてくれた。
誰にも替えられない大切な人。

失うわけにはいかなかった。


「私は、もっと精進する。そして……全国民に認められた時、お前の望む地位に置いてくれ」
「ああ、わかった。約束する」



(子供は早くほしいんだけどな)(は…?)(俺と名前の子だぜ?絶対美形に決まってる)(それでは私の決断が意味を為さないだろう!)(ま、それはそれだ。諦めろよ)