どうした、とこちらを向く彼の顔はあの時と何一つ変わりない。そのはずなのに、知らない人のように見えるのは何故なのだろう。何でもないです、と返事をすると彼はそうかと言葉少なに彼女から視線を外した。
隣にいるのにずっと遠く感じる、と名前はその銀髪に手を伸ばした。さらり、とその髪は彼女の指をすり抜けていく。存在していることに間違いはない、それなのに、と名前は湧き上がる違和感と懐かしさに込み上げるものを感じて俯いた。

「…すまぬ」

彼が口を開いたと思えばそれは謝罪の言葉であった。はっとして顔を上げると彼は悲しげな表情をして名前を見つめていた。何に対して謝っているのかは何となく理解しつつ、何が、と涙をこらえて返事をした。

「お前の期待に応えられないことに、だ」
「…期待など、していません」
「そう…か…」

レンハが討たれたという情報はすぐに入った。あのソンシンの屈強な王であった彼が何故と名前は耳を疑ったが、すぐにその検討はついた。大切な妹のため。彼が自身の正義を曲げるとしたらサイリが関わること以外にないと。名前は首を振って不要な思考を振り払った。彼自身が語らないことを考えるべきではない。

「それでも、貴方が」
「……」
「かつてのソンシンの王だったとしたら、聞いてほしいのです」

名前にレンハの表情は見えなかったが、彼が小さく頷くのが分かり、彼女はぽつりと語り出した。二人の思い出を。辛かったこと、楽しかったこと、幸せだったこと。
思い出に段々と胸が苦しくなった名前の言葉が詰まっていくのをレンハは心苦しく感じていた。自分がそうさせていることに違いはないが、もはや取り返しがつかない。彼はきゅっと拳を握りしめ、目を瞑った。

「戻らないと分かっていても……望んでしまうのは、罪になるでしょうか?」
「私に、それを問うのか?」
「貴方が見ている世界が何色か、教えてください」
「…名前」

顔を上げたその瞳からほろりと零れ落ちたものが美しい、とレンハは感じたがすぐにその雫を拭うべく手を伸ばした。振り払われるかもしれない、と一瞬躊躇したが再び腕は動き出してその頬に触れた。
温かい、とレンハは両手で小さな頬を包み込んだ。その間も名前の涙はとめどなく流れ、彼の手を濡らす。
彼女を置いていってしまったことを後悔はしなかった。運命を自分と共にする必要は無いと。だが、こんな顔をさせるつもりはなかった、と彼はその濡れた瞳を見つめた。

「私は皆と同じようには生きられぬ」
「はい、分かっています」
「お前を幸せには出来ぬだろう」

レンハの視線は逸れることなく名前へと注がれていた。このまま時間が止まってしまえばどんなに良いだろうか、と彼女の頬に流れる涙を拭き取りながら言葉を選んだ。

「構いません。私は貴方さえいれば」
「ソンシンの王でなくとも、か?」
「はい…。私と共に生きてきたレンハであれば…それ以上は必要ありません」

自身の頬に掌を寄せるレンハの濡れた手に、名前は手を重ねた。それは温かく、彼が紛れもなくこの世界に生きていることを伝える。ほっとすると同時にこの温もりがまた消えてしまうのではないか、と彼女がその手をきゅっと握り締めると、その手は握り返すことを躊躇しているようだった。

「名前」
「何でしょう」
「しばらく、このままでも良いだろうか」

しばし沈黙が訪れた後に口を開いたレンハに対し、名前は笑顔で頷いた。たとえ世界の軸が歪んでいたとしても離れたくない気持ちに偽りはない、と彼は重ねられた手に力を込めた。