彼は、どうしてもベルンを許せないと言っていた。私は故郷が侵略されたこともないし、それにより親や友人を失ったこともない。彼の気持ちが判らないといえばそれまでなのだが、何故だか放ってはおけなかった。

「ねえ、ルトガー」
「何か用か?」
「……あなたはこの国が好き?」

この国、それが何を指しているのか明確には言わなかった。実際ここは国境沿いにある村で、かろうじてエトルリア王国に属しているという辺境の場所である。

「何が言いたい」
「あなただったら、判るんじゃないかと思ったの。私がこんな質問をした意味が」

ルトガーは変わらず私を横目で見ていた。彼がベルンを憎む理由、それは彼の家族がベルンに殺されたからであるのだが、私にはそう簡単に理解出来る話ではなかった。

「それは、お前がベルン人だからか?」
「…あなたが憎む相手に、私が含まれているとしたら……今のあなたがしていることは、間違っている」
「お前は俺の敵、ということか」
「だから、あなたは間違っていると言っているのよ」

彼がベルンを憎み復讐をしたいと望むのならば、私はその対象になりえる存在だ。そうなれば私と彼は憎み合うべき関係で、馴れ合いはおろか口さえ聞かなくなるような状態だ。

「俺を止める気では無かろう」
「あなたの復讐は間違っている。ベルン王国は先の大戦でも大きな損害を受け、やっと復興して…」
「だが今回の元凶を判っていないお前ではない」
「……ゼフィール王子を変えてしまったのはデズモンド様。あの方は元々悪に染まっていた訳ではない!」

ついつい熱くなってしまうのは、私がブルーニャ様の直属の部下だったからだ。ブルーニャ様はいつだってゼフィール様のことを想っていらした。私は彼のやり方が好きでは無かったけれど、ゼフィール様のことを話す彼女が好きだった。

「…ごめんなさい。ゼフィール王子を庇うつもりは無かったの」
「いや、お前はベルンの騎士だ。仕方あるまい」
「この軍にいる限り、ベルンとの衝突は避けられない。決心したつもりだったのだけれど……」
「忠誠はそう簡単には消えん」

傭兵であり特定の主を持たないルトガーが何故こんなにもはっきりと忠誠という言葉を口にしたのか私には疑問だった。サカは少し変わった場所だけれど、王国のようにしっかりした階級があるわけではないのは知っていたし、それ以外に彼が忠誠を誓うような人物がいるとは思えない。
彼は一体、誰に対して忠誠を誓っていたのだろう?私の頭の中で、ぐるりと疑問符が回った。

「行くぞ。夜は冷える。お前はもう寝ろ」
「待って、私はまだ聞きたいことが…」

立ち上がって私に背を向けた彼に声を掛けると、ぴたりとその動きが止まった。そして鋭い寒風が私達を吹き付けた。
ああ、どうして私と彼の溝はこんなにも広く深いのだろう。私がベルン人で無ければ……

「名前」
「え…?」

ふわり、と抱きしめられた。
ルトガーにこんなことをされるのは初めてで、どうしていいか判らず頭はすっかり混乱していた。しかし自分がこうされて歓喜していること、きっと頬が赤く染まっているだろうことは認識出来た。

「お前が復讐を止めろと言うのなら、俺は止めても良いとさえ思った」
「……ルトガー…」
「お前はそうは言わなかった」
「それは…私には貴方を止める権限など無いから…」

離れて見上げた彼の瞳は鋭く私を捕らえていた。それはあまりにも真っ直ぐで、私に突き刺さるような視線だった。

「だが、俺にはお前を斬ることは出来ない」

彼は酷く苦しげな表情で私を見下ろした。その顔を見つめる私にも負の感情が流れ込んできたかのようにも感じ、胸が詰まる思いがする。
憎しみと愛しさの狭間に私達はいた。この戦いの後どんなにベルンが変わったとしても彼は憎む気持ちを抱えたまま、悲しい記憶を払拭することは難しい。だからといって私がベルンへ誓った気持ちを変えることも簡単ではない。

それでもこの温もりだけは、この心だけは同じものだ。いつか2人で同じ道を歩めるその日が来ることを信じて。