許せない。暗夜のやり方は絶対に許せなかった。いつだって卑劣で卑怯で、正義などあの国の前では無力にすぎなかった。なのに、なぜ君はそれを憂いて、こんなにも苦しい顔をするんだ。

「何してるんだ?」
「…別に何でもないわ。ただ海を見ていただけ」
「海なら暗夜からでも見られるだろ?」
「こんなにも違うなんて思わなかった。距離だってそんなにないのに、どうして分かりあえないのかしら」

そう言って名前は目を伏せた。暗夜からの差し金で僕たちは慣れない船の上での戦闘を強いられた。それを乗り越えたのだが、皆には疲労が見える。
暗夜の人間である名前はその度に皆を遠ざけ、特に暗夜に憎しみを持つ人間とは顔を合わせないようにしていた。

「それが暗夜王のやり方だ。君も分かってると思うけど」
「そう…ガロン王は、実の子すら駒としか思ってないのよ…。だから私は許せない。カミラ様を守るために、此処に来た」
「暗夜王女、カミラ…ね。でも、本当に守れるの?いつか裏切るなんて言わないよね?」

僕の言葉には答えず彼女はただ俯くだけだった。いつか裏切られるのだろうか。こんなにも暗夜のやり方に心を痛める彼女が、白夜を、僕を裏切るのだろうか?僕にはわからなかった。
暗夜は悪だ。暗夜こそ滅ぼすべきだと信じて疑わなかったからこそ、ここで返答がないことが分からない。

「ふぅん。まあ、いいけどね。その時は敵になるってことだよ」
「ねぇ、タクミ。もしも…もしも私がカミラ様を庇ったら、貴方は私に矢を放つ?」
「…それは……」

暗夜は悪で、憎むべき相手なのに、僕は言葉に詰まった。何故だろう。なぜすぐに肯定できないんだろう。名前のことをそこまで信じてしまったのだろうか。
裏切られるかもしれないのに?

「…ありがとう。何も言わないでくれて…。私にとって暗夜王国は故郷で、大切な国。カミラ様も大切な人。でも、白夜の人達はとても好きなの。変なことを言ってるのは分かっているけど…その時にならないと、今は選べない」

“その時”は来るのだろうか。来ないとどんなに平和だろうか。僕はそんなことを考えていた。先程まであんなに暗夜を討つことばかり考えていたのに、名前の言葉は僕にも重くのしかかった。

「うふふ。タクミは私を討つべきよ。ガロン王の元へ行くために必要であれば、そうしなくちゃ」
「それは…確かにそうかもしれない…でも、僕は…名前を討ちたくない」
「…私一人と世界を天秤にかけて、私を選べる?いいえ、貴方にはそんなことできない。私は暗夜の人間で、貴方達の敵…だから…」
「どうしてそんなことを言うんだよ!まるで…まるで分かりきってるみたいに!」

声を張り上げてしまったことを後悔し、僕はバツが悪くなってそのまま暗い海を見つめた。一方の彼女からは何の返答も聞こえず、この場にはただ波打つ音が響いていた。
間が空いてちらりと横目で名前の様子を窺うと、彼女は俯いており表情は見えなかった。

「…ごめん。声を上げたりして」
「……貴方の答えが怖くて自分で決めつけたの…。ありがとう。未来がどうなっても、私…タクミに出会えて良かったわ」
「名前……。僕も…良かったよ…。まだ終わりなんかじゃない。終わりになんてしない」

まだ話したいことだってある。君から聞く暗夜王国は僕の知る敵国とは全然違っていて、カミラ王女もマークス王子も、決して卑怯な人間なんかじゃない。世界が平和になった時、僕は名前には隣にいて欲しいんだ。聞かせて欲しいんだ。君の大好きな暗夜王国の話を。


「僕が…僕が、必ず守ってみせるよ。名前のことも、この世界も、全部。」



だから、そんな顔しないで。