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全然慣れない。呼び捨てにしてと言われて何度も練習しているけれど、本人を前にすると一向に呼べる気配がない。
はぁっと大きくため息を吐くと、隣のオボロが案の定私の顔をじっと見ていた。
「…む。何よ…どうせばかにしてるんでしょ…」
「ええ、そう。その通り」
「どうしたら呼べるかな…なんでオボロはそんなにヒナタさんと仲良しなの?はぁ、やんなっちゃう」
「タクミ様に仕える者同士なんだから当然でしょ?」
オボロは口を開けばタクミ様のことばかりなんて言えば、そういう貴女はヒナタのことばかりじゃないと口を尖らせて反論される。
力のない私とオボロはだんだん離れていってしまったけれど今でもこうして一緒にいられるのはやはり彼女のおかげで、彼に出会えたのも勿論のことそうだった。
「どう考えてもヒナタよりタクミ様の方が魅力なのに」
「私タクミ様と会ったことないもん。そんな身分でもないし…。サクラ様にはお会いしたことあるけど」
「何よ。タクミ様が給仕に気を配ってないみたいな顔して」
「そんな顔してないってば!」
もう、と次は私が口を尖らせる番だった。そんな私をちらりと見て急にオボロの顔がにやりと笑ったかと思えば、私の足元に誰かの影が映った。くるりと横で纏められた髪のシルエットには見覚えがある。これは間違いなく、
「よっ、オボロ。こんなとこで何やってんだ?」
「あらヒナタ。何しに来たの?」
「ヒ、ヒ、ヒ、ヒナタさん…!」
「おう、名前じゃねぇか」
にっこりと笑うヒナタさんを前にして赤面しているであろう顔を見られるのが恥ずかしく、私はつい俯いてしまった。その瞬間彼が悲しそうな顔をしているのにも気がつかず。
オボロはそれを知ってか知らずか、私たちを置いて行ってしまった。
「じゃ、私は行くわね。ヒナタ、名前をよろしく」
「おうよ。当たり前だ。名前に手出しする奴はこの俺が許さねぇ」
「ちょっ…オボロ!?」
私に意味ありげにウィンクをして去っていくオボロの背中を見送りつつ、ヒナタさんと二人きりになっていることに気がついた。
ぱっと顔を上げると、思ったより近いところで目が合ってしまい私は思わずひっくり返りそうになった。
「きゃ!」
「あ…悪い悪い!」
「ヒ、ヒナタさん…近い…です…」
「えっ?そうか?んなことねぇよ。気のせいだ!」
わしゃわしゃ、と頭を撫でられて彼の掌の大きさを実感し、再び恥ずかしくなる私。
私は背も低いし力もない。だから給仕をやっているのだけれど、こうしてヒナタさんの隣にいるとその違いを更に感じる。
「そうだ。名前、またヒナタさんって呼んだだろ?さんはいらねぇって!」
「あっ…ご、ごめんなさい…つい…」
「オボロと話してる時みたいに俺にも話してくれよ」
そうは言われても、緊張してしまってうまく言葉が出てこない。オボロとヒナタさんは同階級であるが私にとっては全く異なる存在。例えるならヒナタさんはまるで王族のように輝いている。こんなこと言ったら間違いなくオボロに怒られるだろうけど。
「う…はい…頑張ります…」
「何だよそれー。俺、嫌われてるんじゃないかって真剣に悩む時あるんだぜ?」
「そ、そんなことは絶対にないです!だってヒナタさんのこと、だ…」
大好きですから!と言おうとしてハッと我に帰ると時すでに遅し、目の前にはキラキラした瞳でこちらを見つめるヒナタさんの表情があった。
よし、ここはちゃんと言わないと!頑張れ名前!と自分を鼓舞して息を吸った。
「勿体ぶらずに言ってくれよな?」
「は、はい!え…えっと…その…」
「名前、俺は名前のことがすげぇ好きだし、もっと仲良くしたいよ」
先に言うなんてずるい!と口を少し尖らせて抗議すると、なんとそのまま触れるだけの口づけが降りてきた。
「ヒ…ナタさ…」
「今日も俺の勝ち、だな!」
この笑顔のヒナタさんは無敵だ。
誰も敵いはしないだろう。だって誰よりもかっこよくて素敵で、誰よりも輝いているんだもの。
だから今日も、私の負け。
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