おい、と声をかけられて振り返ると、そこには仏頂面の剣士が一人。その顔はいつもの事だが、今日はすこぶる機嫌が悪そうだ、と思いながら名前は何か用かと返事をすると彼は更に眉間のしわを深くした。これはこれは、と降参だというように両手を挙げようも彼の機嫌は直らず、ずんずんと彼女を目指して距離を縮めてくる。

「何か用だと?俺が今お前に話すことは一つしかないだろう」
「思い当たらないから聞いているんだ。昨日の夕飯か?それとも、訓練所の忘れ物か?それとも……」
「おい。ふざけるのもいい加減にしろ」
「フェリクス。まあそう熱くなるな。私は何もロドリグに頼まれて此処に身を置くことになったわけじゃない」
「ほう……?では聞かせてもらおうか、他の理由とやらを」

一度はガルグ=マクから旅立った名前は、数日後に再び戻ってきたのだ。それも魔法を習得して。エピタフに昇格して戻ってきた彼女が放つオーラの魔法を見て、フェリクスは彼女が父の元に居たことを確信したのだ。
高い威力のオーラを操る名前が不満だったわけでは無い。ただ、自分を見張るために此処に遣わされたのだろうと推測したが故にフェリクスは苛立ちが募っていた。

「ロドリグの元に行っていたことは否定しない。だが、私がガルグ=マクに戻ってきたことは自分の意思だ」
「何のために戻ったというのだ。お前の野望はこんな場所で叶えられるものなのか?」
「聞け、フェリクス。私は力を得るためにフラルダリウスに身を置いていたに過ぎない。この不毛な戦いに勝つために、な」
「勝つため…か。お前一人で何が出来る」

フェリクスは呆れた顔で名前に視線を合わせたが、一方の彼女はどこ吹く風で、そうだなと言って笑った。立ち話もなんだし座るかと誘われて寮の近くの椅子に腰掛けたものの、その後の会話は続かなかった。
日中は寮の近くに学生は少なく、部外者である彼女がいても好奇な目を向けたり騒ぎ立てる者がいないのは好都合だ、とフェリクスは辺りを見回した。自分のように講義を抜け出している学生は数人いるが、こちらに興味を示している様子はない。
エピタフになったが、と名前が急に切り出したのを機会に、彼の意識は再び彼女に向いた。

「お前は向いていないと思うぞ、フェリクス」
「どういう意味だ、それは」
「エピタフは魔法を使える分、素早さが落ちる。攻撃力もだ。私は魔法との相性がそれなりだったからオーラを習得できたが、お前がそうとは限らない」
「何が言いたい。俺にエピタフになるなということか?そんな忠告をするために此処へ来たのか?」

ロドリグ=アシル=フラルダリウスを父に持つ以上、魔法の素質がないことはないはずだが、自分でも魔法を使う想像ができないとフェリクスは常々思っていた。それを見事に言い当てられたのが彼には少々不服であったのだが、真面目な声色を鑑みると彼女なりの助言なのだろうということはおおよそ察しがつく。とはいえ、他の者であればこんな不躾にエピタフに向いていないなどと言われたら相当気を悪くするに違いない、と名前の飄々とした表情を見てフェリクスは頭を抱えたくなった。

「それは自由だ。だが、フェリクスにはソードマスターが合っているはずだ。それに私には不要だと思っていたものが、幾許は役立つようだしな」
「……セスリーンの小紋章、か」
「最近になって白魔法も習得してな。紋章の力を信じるなど、私らしくもないが……。これが力になるなら、と心を入れ替えてみたわけだ」
「俺の自由と言いながら自分には合っている…か。相変わらず論点が分からんな、お前の話は」

ははは、お前は相変わらず手強いなと名前は笑ってフェリクスの肩を叩いた。これで有能なのだから腹が立つ、と彼が彼女の手元へと視線を移すと、腰には見慣れぬ剣が刺さっていた。柄の紋様からしてフォドラの武器でないことは明確だったが、かと言って書籍に残っているような他国の文化でもないようで、フェリクスはそれをじっと見つめて考えていた。
一方の名前は、ひとしきり笑った後にフェリクスの熱視線を感じてそれを追うと自身の剣に注がれているのを感じた。珍しい武具が好きなのは変わらんな、とそれを抜いてみせた。それは鈍く紫色に光り、いかにも怪しい雰囲気の漂う剣であった。

「とあるツテでな。異国のもので、ルーンソードと言うのだと。面白いことにこいつ、リザイアの効力を持っているんだよ」
「なるほど。それで魔法に長けたお前が……」
「ああ、誰から貰い受けたかは明かせないが、そういうことだ。その異国とやらには魔法の種類も膨大にあるらしく、そちらにも非常に興味はあるのだが……」
「さては帝国からだろう。他がそんなもの所持しているとは到底思えん。さしずめお前の父君から譲り受けたいうところだろう」

いい筋だ、と名前はフェリクスの推測を褒めた上で、否定も肯定もしなかった。他人の命を吸い取る剣、ルーンソード。それが幾人の使い手の人生を狂わせてきたかも教えられたが、彼女に恐怖はなかった。寧ろ先人達は何故この剣を使いこなせなかったのかと首を捻ったほど。
フェリクスは怪しく光るその剣をしばらく物珍しそうに見つめていたが、やがて目を逸らした。その様子を見て、名前は剣をしまった。

「……これに魅了されるが故、取り憑かれてしまうのかもしれない」
「こいつが呪われた剣と言いたいのか?」
「いや、違う。単に魔力の有無と適合性だと私は思う。お前もエピタフになれば使えるかもな」
「余計なお世話だ。俺にそのような剣は必要ない」
「はは、妙ちくりんな武器を好むフェリクスにしては珍しい発言だ」

名前が強くなれば強くなるほど、置いていかれるような感覚を持った。今とてそうだ、とフェリクスは笑う彼女を横目で見た。エピタフになって不思議な剣を操り、こちらの部隊に加わることも無く単独で動く名前。せめて共に戦えれば近くでその様子を見られるというのに、それも出来ず、たまに顔を出してはあっけらかんと情勢を憂う。
自分もこんなに自由に生きてみたいと心の隅で感じているのだろう、と一種の羨望の感情を彼女に向けているのだろうと思っていたのだが、今は少し違う。

「妙ちくりんとはなんだ。お前こそ俺の持つ武具に興味津々だっただろうが」
「フェリクスの好む物は変わっているからな、そりゃ興味を持つさ。さて、此処での用事は済んだから、明日にでも発つか」
「用事?」
「ああ、見送りは要らないぞ」

するともしないとも言っていないんだが、とため息を吐く彼を見て名前はそんなフェリクスの肩を軽く叩い後に大丈夫だ、と言って立ち上がった。
なんのことかと座ったまま彼が見上げた名前は、真っ直ぐに向こう側を見つめていた。その視線の先を追うも、特段何がある訳では無い。

「フェリクス、私は死なない。だからお前も死ぬなよ」
「……当たり前だ。犬死になど誰がするか」
「誰かさんのことを猪と言っておきながら、お前も猪突猛進だからなぁ」
「チッ……」

またここで会おう、と振り返った名前の表情はいつも通り自信に満ち溢れており、フェリクスは頷いて彼女が先程まで見ていた方向へ視線を向けると、そこには美しい夕陽が傾き始めていた。