うんざりするほど名前へと色目を使う男達は多かった。顔立ちが美しく口数も表情も乏しい彼女は村人からも賊からもリゲル兵からも興味を持たれることが多く、そんな彼女の護衛のようにレオはいつも隣にいた。

しかしその時だけは側にいられなかった。目の前の賊を倒すので精一杯で、名前から目を離してしまっていたのだ。自分から離れることはない、と安心しきっていたのもあると思うが、何とか一段落ついて振り返ると彼女の姿がなく、レオは全身から血の気が引いていくのが分かった。

「名前!どこにいるの!?返事をして!」
「おいおい、目を離しちゃいけねぇな。こんな高そうな娘、お前には勿体ないぜ」

声を掛けてきたのは賊の仲間の傭兵であった。見るからに強そうな風貌だ、とレオは舌打ちをして奥歯を噛み締めた。本隊から離れた此処は彼と名前、そして天馬騎士たちが守っていた。頼りになるはずの異国の彼女達は遠くからやってくる魔物を倒しに出かけてしまい、姿が向こうに小さく見える。
絶体絶命だ、とレオは思った。だがここで彼女を手放すなど美学に反する、と彼は弓を握りしめた。

「カマ野郎が俺と戦おうってんのか?ははっ、ふざけてんのか?冗談だろ?」

差別的な言葉を口にしながら不快な笑みを浮かべる傭兵に対してレオが激高する前に、名前が鋭い視線を送った。

「レオのことを悪く言う人は許さない」
「あぁん?なんだてめぇ、うるせぇぞ」
「許さない」

名前の目の色が変わったとレオが思った瞬間、空気が凍ったかのように風が止み音が消えた。不思議な出来事に傭兵は怯み、名前を掴む腕の力が緩くなった隙を見逃すことなくレオは男から彼女を引き剥がした。

「くそっ、俺の獲物を返せ!」
「ふん、奪ってみなさいよ。あんたに出来るならね!」

売り言葉に買い言葉だ、と冷や汗を浮かべながらレオは名前を自分の後ろへと隠した。彼女がどんな力を持っているのかは分からなかったが、今は使うべきではないと彼の心が警鐘を鳴らしている気がした。
しかし傭兵の攻撃力は高く、レオも反撃していたがなかなか打撃を与えられずにいるところへ畳み掛けられ、腕に怪我を負った。

「いっ…!」
「レオ!」
「大丈夫、アタシはこんなところで負けたりしないわよ…!」
「だめ、もう戦わないで。私のせいで…」

私が出ていけば済む話だと言わんばかりの名前からの牽制をレオは振り払った。彼女を守れずして本隊に帰るなど彼には許せなかった。たとえ自分の命が削られても彼女を守りたい、あの男に渡したくない、今更後戻りは出来ないのだから、とレオは口角を上げた。

「あんたは大人しくアタシに守れられてなさい!あんな男、アタシの足元にも及ばないってところ、見せてあげるから」
「でも、レオ怪我してる」
「こんなの怪我のうちに入らないわ」

狙いを定めて矢を放ったつもりだったが流血する腕に力が入らず攻撃が外れ、傭兵は軽々とこちらに向かって来て名前の腕を掴もうとした。

「てめぇ、汚い手で名前に触んな!」

男が名前に触れようとした瞬間怒りで力が暴走し、矢が急所へ命中した。レオがはっと我に返ると傭兵の男は地面にすっかり伸びており、彼らの勝利は明らかだった。

彼が振り返ると名前は驚きと困惑の表情を浮かべており、レオは先ほどの自分の言葉を思い出して彼女へと歩み寄り無傷の腕を伸ばした。

「ごめんなさい、驚かせちゃったかしら。たまに出ちゃうのよ、ああいう言葉遣い。怖かった?」

レオが頬に触れる前に、名前の手が彼の手へと触れた。それは彼が傷を負っている腕で、すでに傷口から溢れた鮮血が指から地へと滴り落ちている。彼女の手もまた彼の血によって赤く色付いた。

「レオは何があってもレオだから、私は信じてる。怪我、早く治そう?」
「名前……」
「レオ?」

傭兵の不愉快な言葉への憤りの気持ちは名前が代弁してくれた。そして彼女は、いつもと違う様子のレオを見ても彼を信じると言った。その口跡はレオにとって特別で、彼の心に温かく舞い降りた。
ありがとう、そんな感情を込めて繋いだ手をそのままに、片腕で名前を抱き締めた。