束の間の平穏
どうしてだろう。やっぱり、運命には逆らえないのかな。向こうで揺れる茶髪を見ながら私は考えた。私は姉さんと同じような人を好きになってしまった。あれほど盗賊だけはやめてほしいと言われていたのに、その些細な願いすら聞き入れられなかった。ぼんやりとしていると、隣で濃灰色の三つ編みが揺れる。
「何ぼーっとしてんだよ、大丈夫か?」
「……うん、大丈夫。ありがとう」
ギィだってこんなに優しくしてくれるのに。まあ、彼の場合は私がプリシラと仲が良いって理由もあるんだろうけど。っていうか、それが全てだと思うのだが。
ここはいっそ彼に恋愛相談してしまおうかとも考えたが、なんせギィこそが私に相談をしてきている立場なので、恐らく何の生産性もないだろう。すると先程遠くに見えた茶髪が近付いてくるのが分かった。
「よ、名前。それとギィ」
「おれをオマケみたいに言うなよ!」
「まあまあ落ち着けって。それはそうと名前、お前最近おかしくないか?」
おかしいのは誰のせいだ、と言いたくなるのを堪えて私は目の前の盗賊を見上げた。前に聞いたのだが、彼には恋人がいるらしい。レイラという名前だと言っていた。
「気のせいじゃない?私はいつも通りだよ」
「そうか?なら良いんだけどな」
その時についレイラは今どこにいるのか、と問いかけてしまった。彼は驚きながらも密偵という立場上それは教えられない、と言っていた。二人には、姉さん達のようにはなってほしくなかった。
あんな形で離れ離れになるなんて、そんなことがこの2人に起きること絶対に阻止しなければならない。あの行為自体がオキテだと知ったのはこの前で、その時に姉さんからそれを破ったのだということも分かった。
「早く戻ってきて貰いたいな」
「そんなこと、初めて言われたな」
「だって、密偵なんて危ないことしかしないし」
そもそも姉さんが潜入捜査をしていることも、私はほとんど知らなかった。知っていたら止められたのかと言われると微妙だが、緊張した空気を纏う姉を少しの時間引き留めるくらいは出来たかもしれない。
でも、何故?何故それがあの人だったのだろう。姉さんに制裁を与えるのは他の人でも良かったはずなのに。一人の姉がこの世を去って行く瞬間にも立ち会えず、彼女を葬った彼にも会えず、私に残されたのは姉さんが身につけていたネックレス一つだけだった。
「まあな。けどそれが密偵だろ?」
「そうだけど…」
「大丈夫だ、お前が心配することじゃねぇよ」
「うん…」
一刻も早くレイラに会ってほしかった。マシューが悲しむ顔なんて見たくない。あの悲劇が繰り返されてしまうなんてことは絶対にあってはならない。
いつの間にかギィはいなくなっていた。辺りを見渡すと、並んで歩く彼とプリシラの後ろ姿を見付けた。そんな2人を見て、私は少し心がほっとするような気持ちになる。
「私、この軍に入って良かったよ」
「いきなり何だよ」
「だって、こんなにたくさんの仲間に巡り会えたんだから」
仲間が多いということは幸せも多いが、その分悲しみも多い。姉さんはたくさんの仲間を作ることを嫌がっていたから、私にそれを勧めることはなかったけれど。
「確かにそうかもな」
「ありがとう、マシュー」
「何がだよ?」
「私と、こうして仲良くしてくれて。きっと…ううん、何でもない」
きっと、姉さんも喜んでる。そう言おうとしたけれど、レイラに会えていないこの状況で姉さんの話をするのは憚れた。マシューは少し不思議そうな顔をしていたが、すぐに気にならなくなったようだ。
「私も、レイラに会いたいな」
「あいつ、お前のこと嫌がると思うぜ」
「どうして?」
「同じ剣使いだしな。それにお前は剣の名家の出だろ?」
「でも彼女はアサシンでしょ?私なんて、まだまだ剣士の端くれだよ」
そんな他愛もない会話をこれからもずっと続けたかった。しかし、この平穏は魔の島についてから全て壊れていくことになる。
『あんたにもきっと好きな人の一人や二人、すぐに出来るよ。ただ、盗賊だけは絶対にダメ』
『どうして?ラガルトさんだってそうじゃない』
『あたしがラガルトみたいなの好きになっちゃったから言ってるの』
『アイシャ!悪いな遅くなって。お、名前。久しぶりだな』
『遅いじゃないの、もう!』
『ラガルトさん。こんにちは』
全ての平穏が崩れようとしていたなんて、この時だって誰も判らなかった。
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