失われる命、それの示す事実
魔の島と言うだけあって、近くのバドンの港の住人に聞いても皆あの島のことは呪われるとか嫌な空気がするとか、戻ってこなかったとか、そんな話ばかりで私達は段々と苦笑するしかなくなった。だが行くしか選択肢はない。
ファーガスという海賊に船を出してもらい、私達は前に進んだ。
甲板に出ていると、船が徐々に陸に近付いてくるのがよく判った。少しの間だが、海風が心地よい。姉さんもこの島に来たことがあるのだろうか。そんなことを考えていると、少しして島に到着したという情報が入った。皆が船から出ていくのが見え、私も急いで船から地上に駆け降りた。
「やはり海よりも、こうして地に足が付いている方がいいですね」
「うん。私もそう思う。海も嫌いじゃなかったけど」
「名前は船は初めてだったのですか?」
「そうだよ。プリシラは慣れてるんだね」
そんな会話をしながら本軍に加わった。やはり人があまり近付かないせいか、通る道は手入れが行き届いておらず獣道のようだった。
森を掻き分けて進んでいくと、部隊の前方にいるヘクトルが何か発見したようでその声が少し聞こえてきた。
『……じゃねぇか!』
誰かがいたのだろうか。でも、こんなところに人が?私は不思議に思いながら声のする方に向かった。すると、不穏な空気が漂ってきた。
『…すまねぇ、マシュー。』
『…なんで若様が謝るんですか。レイラは、仕事でドジった。…それだけのことですよ』
レイラ、その名前には聞き覚えがあった。私は全身の鳥肌が逆立つのを感じた。まさか、嘘だ、とその事実を自らの目で確認するべくプリシラの静止など一つも耳に入らず、森を掻き分けて前へと進んだ。同じ道を通ってはいけないと昨日も声をかけたばかりなのに、やはり守れないのか、大切な人の愛する人を。
少し森が開けたと思ったらヘクトルとマシューを囲むリンに再び止められたが、私はその事実を目の当たりにした。
「だめよ、名前!」
「どうして…こんなことに…」
見世物のように縛られていたのであろう、彼女の手首には縄が巻かれている。命を奪うだけでも残酷なことのはずなのに、ここまでするなんてまさか、と私の背中に冷や汗が伝った。
「ヘクトル様は…彼女をどこに送っていたのですか…!?」
「……黒い牙、だ」
そんな巡り会わせはいらなかった。私は息の仕方を忘れ、酸素の回らない脳はその場で視界が回るような気持ち悪い感覚がした。黒い牙。彼らの制裁はここまで惨かっただろうか。いや、あの時はこんなことはしなかったはずだ。大好きなラガルトさんが、大好きだった姉を制裁した時は、きっと。
噂によると姉の愛した人は既に牙を抜けたらしい。無論それが真実とは限らないが、もし事実であれば彼が牙の制裁役を買うことはない。レイラを手にかけたのは別の者ということになる。
「名前、大丈夫…?」
「若様!俺、ちょっと抜けていいすか?…こいつ、弔ってやんねーと…」
「…ああ」
死の制裁を受けた人を、私は初めて目の当たりにした。それにも関わらず先程までの寒気と怒気が嘘のように、私の中に入ってくる感情はもはや無機質だった。しかし、いても立ってもいられず私はマシューを追い掛け、海岸沿いへと向かった。彼は一人、彼女を抱えて森を抜けていた。
「なぁ、名前。いるんだろ?」
「…何?」
「レイラは…本当にドジって死んだと思うか?」
「それは…分からない」
そう言ってその場を離れようとしたが、マシューに引き留められた。すぐに終わるからそこにいろ、と。その間私はレイラとマシューを姉さんとラガルトさんに重ね合わせていた。
ラガルトさんの悔しさと悲しみ、姉さんの痛みをひしひしと感じた。愛する人に殺された姉さんは幸せだったのだろうか。いや、そんな訳ない。もっと幸せな未来があったはずだ。それが、共に過ごしたかった相手に未来を奪われたなんて、奪うことになるなんて、あまりにも残酷すぎる。
木の幹に背中を預けて唇を噛んで、私は涙を堪えた。今泣きたいのは私じゃない。私が泣いて何かが変わる訳じゃない。マシューもラガルトさんも救われない。
そう思って深呼吸していると不意に人の気配がして、目を開けるとマシューが目の前にいた。
「何で名前が泣くんだよ…」
「…泣いてないよ」
「嘘つけ、泣いてんじゃねぇか」
気が付かないうちに涙がほろりと頬を伝った。だめ、泣いたらだめと自分を律しようと掌をぐっと握りしめて俯くと、マシューは私の頭にぽんと手を置いた。それは、姉さんを失ってから初めての涙だった。
「…ごめん、少しだけ待って……」
「お前に何があったかは知らねえけど…。レイラのことに何か関係があるのか?」
マシューの言葉にはっとして息を飲むとぴたりと涙が止んだ。しかし私はそれに対して何も言えなかった。今、姉さんのことは話せない。話してしまったらマシューはきっと私を気遣って自分の悲しみや苦しみなど捨て置いて、私を慰めてくれる。でもそんな優しさは嘘だ。なんのために此処まで追いかけてきたのだと私はぐっと目尻を拭った。
「大丈夫、行こう」
「ああ…そうだな。俺らは止まれない」
ふうと息を吐いて、海岸線を見つめると、遠くに騎馬に乗った人物が見える。戦いたくない。息を潜めて一点を見つめる私の視線を追ってマシューもそちらに目をやったが、誰なのかまでは掴みきれていないようだった。
あんなに優しい人とは戦えない。姉さんとも交友があって当時は私に対しても良くしてもらっていたのに、どうしてこうなってしまったんだろう。どうして貴方が立ちはだかるの?もうあの日のように話すことは叶わないの?
「ウハイ…さん…」
「…まさかお前……!黒い牙の【飛鷹】ウハイのことか…!?」
私達の存在を確認したかのように彼は踵を返して森に消えていった。波打つ心臓を収めるように深く息を吸う私に、マシューは訳を問い詰めた。無理もない、と私は徐々に冷静になる頭で彼の問いに答えを出した。
だが、この場で全てを話す訳にはいかない。姉さんが黒い牙に属していたことは事実で、黒い牙との戦いが激化する中でそれはこの軍の皆にも話さねばならないことだろう。戦う相手が私を知っている者たちばかりなのだから。
「姉さんの、友人なの」
「まさか…お前の姉さん、黒い牙…だったのか?」
「……マシュー、世の中には知らない方が幸せだってことも、沢山あるんだよ」
私の言葉に、マシューは返事をしなかった。
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