すれ違い、絡み合う心





ウハイ撃破後は、魔封じの者が出現してプリシラ達魔法を使う者は足止めを喰らった。私もあの者を倒すまでに加担したが、近づけば近づく程胸がざわめき不安が募った。
魔封じの者の、何がそうさせているのかはわからなかったけれど、それを解明する手だては未だ見つからなかった。

あれは、黒い牙の一部だったのだろう。
私が思うに恐らくネルガルの産物だ。それも、失敗作。もし素晴らしい完全版であるならば攻撃する力を与えるだろう。あのまま放置しているところを見ると、そういった結論に至った。

こうして一人でいると余計なことまで考えてしまうから厄介だ。記憶の中から姉さんとの思い出を引っ張り出して感傷に浸り、最近ではそれに加えてマシューのことも頭を巡り出した。

頭では判っていたのだ。彼と私では生きる世界が違うということ。立派な家で雇われた彼と、家から逃げ出して何も持たない私。姉さんの亡霊にいつまでもしがみついて生きてきた私にとって、マシューは眩しすぎた。そしてすっかり彼の優しさに甘えて、彼の隣にいるのを許している自分に嫌気がさした。

遠くにロングアーチらしきものがあるらしく、私達は慎重に慎重を重ねて進軍していたため中々進めなかった。軍師のあの人のことだ、皆を思ってのことなのだろうが、私にとっては優しさではなく単なる苛立ちにしか感じ得なかった。
これではいつまでも進めない、と私は軍師の目を掻き潜って単独で建物内に入った。もちろん立ち塞がるは多数の敵。後ろから制止の声が聞こえたが、もはや戻れない。ロングアーチの砲撃を避け、魔道士の攻撃に耐え、私は先に進んだ。

背後の敵に、気が付かなかった。
ふと気配がして後ろを振り向くと、そこには見慣れた茶色い髪があった。

「……っ…勝手に、何してんだよ…!」
「どうして……」

マシューは私を庇って傷を負っていた。
ロングアーチの砲撃も絶え、気付いたら他の仲間がどんどんと中になだれ込み敵将と闘っているところだった。

「方向音痴なんだから単騎突入は止めろって、前にも言っただろ?忘れたのか?」
「…マシュー…怪我は…」
「ああ…こんなもん大したことない」

また、助けられてしまった。関わらないと決めたのに、結局こうなってしまう。だから姉さんも救えなかったんだ。私の意思が弱かったせいで傷付け、失った。
マシューは絶対に、同じ目に遭わせるわけにはいかない。失いたくない。

「だめ…!動かないで。傷が開くよ…」
「心配しすぎだって」
「私、プリシラを呼んで来る!」

私が急いで彼女の元へ向かおうとすると、強い力で引っ張られた。私はその反動で派手に倒れ込み、あっという間にマシューの腕の中へと包みこまれた。

「マ、マシュー…!」
「行くな。俺は平気だから」
「…でも、」

レイラのことを忘れてほしくないという気持ちと、自分のことを見てほしいという気持ちが交錯した。
しかし、伝わってくる彼の心音が邪魔していつも通りに思考が回転しない。
そうか、私はこんなにもマシューのことを。気が付いた時にはもう遅かった。

「名前、頼みがある」
「…何?」

私がマシューにどう思われているのか知りたかったが、その反面知らない方がいい気もした。この前まではそれでいいと思っていたのに、今となってはレイラの代わりだったらと思うと酷く悲しい気持ちが背後に付き纏う。なんて都合がいいんだ、彼のことを思っていたはずなのに、いつしか自分の心を守ろうとすり替わってしまっている。
彼の言葉を待ちながら、私は悶々とそんなことを考えていた。

「側にいてほしいんだ」
「……それは、レイラの代わりとして?」
「違う…!そんなわけ、ないだろ」

じゃあ一体なんだと言うのかと問おうとした瞬間に強い力で抱きしめられた。マシューの素直な気持ちが私に流れ込んでくるように感じ少し体が強ばる。

「確かに、今の俺はレイラの埋め合わせをしたいのかもしれない。でも、お前とあいつは全然違う。だから、その…何つったらいいか……」
「わかったよ、マシュー」
「名前…」

マシューは優しいから、心の中に生き続けるレイラを傷付けたくないのだろう。私とて彼女を差し置いて彼の心に住もうなどとは思えないし、思わない。しかし彼の声はひどく切なくて、こっちが泣きたくなった。
彼に自分の気持ちを伝えられないこともまた歯痒かったが、私は彼の背中に腕を回してマシューの言葉を受け止めるだけで精一杯だった。

(名前、いい?気になる人が出来たらあたしに言うこと!あたしから名前を奪おうなんて男を見てみたいからね!)

大切な人を作っても、この戦場で再び失ってしまうかもしれないという恐怖が、私に断固としてその言葉を紡がせなかったのだ。本当に最後まで、生き抜いて平和が訪れたら、次こそ伝えよう。

(うん、もちろん!だって姉さんは私の一番大切な家族なんだから!)

姉さんにも伝えるんだ。
私の好きな人は、真っ直ぐで優しくて、誰よりも人のことを考えられる素敵な人だよ、と。
だからもう少し待って。私が姉さんを乗り越えるまで、もう少しだけ。



- 5 -

*前次#

top