木漏れ日が指すあの場所で





姉さんが亡くなってから生きる希望を無くした。ラガルトさんも姿を消し、私は家に戻る気にもなれなかった。名家とはいえ資金繰りの苦しい両親はお金のことで頭が一杯で、姉さんが死んだことを知ったら「葬式代が何とか」と言い始めるような人達だった。今更そんな人達と生活することは不可能で、私は家に戻ることはなかった。
しばらくは闘技場で生活のための金を稼ぎながら各地を転々とし、オスティアに到着した。大きな街だというのがオスティアの印象だったが、そこでは戦いの音がし、闘技場で磨かれた耳でその場所を探って近づいてみると案の定そこでは戦闘が行われていた。

『ちょっと、そこのあんた!下がってないと危ねぇぞ!』

その一言からが私達の始まりだった。闘技場で戦い慣れしていた私にとって山賊の動きはあまりにも雑然としていて、斧を振り回す動作も遅い。避けるのも簡単だろうとぼんやりしていた私に襲い掛かる山賊を見つけて、彼は飛んできてくれたのだ。わざわざ私を助けるために。

『どうして戦っているの?』
『え、どうしてって……まぁ、俺の雇い主が戦ってるから、っていったとこか』
『なら私も加えて。あなたの戦い方は無鉄砲すぎる。盗賊のくせに』

最後の一言が余計だったらしく、ムッとしたマシューの表情を今でも覚えている。力が弱い、とでも言いたいのかというようなことを言われた気がする。
ただこの時マシューが私に気付いていなければ、私に声を掛けなければ、こうして彼と出会い、この軍の皆と会うことも出来なかっただろう。私の心は相変わらず傷を負っているが、ちゃんと温もりを感じられるようになった。それは紛れもなく、彼のお陰だった。

「どうした?また考え事か?」
「うん、そんなとこ」
「名前はさ、一人でいるのが好きなのか?」

何を思ってその問いをぶつけてきたのか判らなくてマシューを見ると、彼は相変わらず私に視線を合わせてはいなかった。
その真意は不明だったが、答えるとしたらわからないというのが本心だった。好きで一人でいるというか、それに慣れてしまったという方がしっくりくる。
一人きりで思慮して、物思いに耽って、そんな生活が当たり前だったから今更それが好きかと言われても、何とも言えない。

「慣れってのは怖いよな」
「うん」

マシューの口数は少なかった。彼の恐れる“慣れ”が何を差しているのか分からない私ではなかった。俯き加減な彼の横顔からは哀愁が感じられ、こんな顔をさせるくらいなら、レイラの代わりでも良いからまたマシューに笑ってほしい。私はそんなことを思い始めた。

「大丈夫だよ、マシュー」
「え?」
「たとえ思い出す時間が減っても、楽しかった思い出が薄れていっても、記憶から消えて無くなってしまう訳じゃないから」
「……ありがとな、名前」

この軍に入って、姉さんのことを思い出す時間は極端に少なくなった。プリシラと話している時は非常に充実していて、寂しい気持ちが飛んでいった。それを伝えたこともあるが、すると彼女は笑ってこんな返事を返してきた。

『私も、名前さんと話していると楽しいです』

皆隠しているが、人それぞれ傷心を持っている。それを埋めることが出来るのは記憶でも思い出でもなく、生身の人間の暖かな心なのだ。
そんな簡単なことに、何故今まで気付けなかったのだろう。無論、私の心を埋めてくれる暖かい人が現れなかったというのもあるが。

幾つもの出会いがあれば、同じ数の別れもある。その輪廻を止めたいと思ったこともあった。だが、遠くへ飛び立つであろう友人を暖かい言葉で送ることも、優しさなのかもしれない。

「ちょっと疲れたな……名前、肩借りても良いか?」
「いいけど……マシュー?」

こんなに近くて、何故こんなにも遠いのだろう。恋人を無くすということが、どれだけ辛いものなのかが、判らない。
私の肩で眠る彼に、何が出来る?何をしてあげれる?

未来に絶望すら感じていた私を根底から引きずり出してくれた恩人に、一人きりで悲しむことなんてさせたくない。姉さんに縛られていると思ったことはないが、私のような思いをしてほしくない。
辛いのならば、私に言ってほしい。

「マシュー……」
「カッコ悪いとこばっかだな、俺」
「いいよ、大丈夫。誰も見てないから」

少しでも心が軽くなるのなら受け入れよう。彼の心に別の人が住んでいるとしても、傷ついた心が少しでも幸せだと感じられるように。少しでも温かくなるように。





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