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超難関の有名私立女子高校に通うなまえとは、顔を合わせても週に1〜2回程度。ましてや彼女はバイトを掛け持ちして忙しくするのが好きだそうで、音駒のバレー部に顔を出すことも他の2人よりもかなり少なく、来たとしても彼女のバイトが終わった後。つまり、研磨たちの部活も終わっている。

「あ、なまえ!お疲れ〜」
「お疲れ。ごめん、また全然間に合わなかった」
「研磨くんとこ、行きなよ!」
「もう、やめてってばそういうの」

彼女達が音駒と出会ったのは、インターハイの会場。元バレー部の彼女達はたまたまインターハイを見に来ており、そこで音駒バレー部と出会ったのがきっかけ。黒尾がそのうちの1人と付き合い始めたのも親密になった一因である。
見知らぬ公立高校の男子生徒と親しくなる友人をなまえはあまり面白く思っていなかったが、彼らがまともに部活をしていることを段々と理解して最近は普通に音駒まで来るようになった。
そもそも、なまえは同年代の男子が苦手なのだ。どうせ女子のことなんて性の対象としか思ってない、面倒くさい、気を遣いたくない。その三拍子だった。

研磨と仲良くなったのは自然なことだった。
同い年の黒尾と友人の仲が特別なものとなり、もう1人の友人はすっかり夜久に夢中。男子が苦手ななまえは、一番害のなさそうな研磨の横にいることが多かった。
ただ、それだけだった。

雨が降った日、バイト帰りにたまたま傘を持ってくるのを忘れたのだ。なまえのバイト先は新宿のライブハウスのバーカウンターで、ドリンクを作っている。未成年がバイトして褒められる場所ではないが、彼女はそのバイト先が好きだった。閉まるのが早い日にシフトを入れてもらっているので、大体終わるのは21時頃。いかがわしい店を通り越して、走って駅に向かうも人が多いのなんの。
元々大人びた顔付きのなまえはバイト中は化粧をして24歳くらいには見える。いつもなら化粧を落として制服で行くので、このまま音駒に行くのは嫌だなと何となく思っていた。
駅まで走って電車に乗って、気が付けば音駒高校の最寄駅。相変わらず降り続いている雨。なんでこんな日まで来てるんだか、なまえは駅から出たところで見慣れた姿を見つけて立ち止まった。

なんで研磨がここにいるの?センター分けのプリン頭、赤いジャージ、猫背で壁にもたれてゲームをしている。間違いない、彼女のよく知る孤爪研磨その人だ。
携帯を見ても彼からの連絡はない。自分もバイトが終わったことを連絡はしていないが、待っていてくれたのだろうか。と自分に都合のいい妄想だと呆れ半ばで軽く首を振ってなまえが再度彼を見れば、バッチリ合う視線。
研磨は携帯をしまうとエナメルバッグを持ってなまえの方へと歩いてくる。

「やっぱり、来ると思ってた」
「…なんで?」
「なんでって、来ると思ったから。てかなまえ、濡れてる」
「あー、今日傘持ってきてなくて。駅まで走ったから」

珍しいね、と言ってからなまえの顔をまじまじと覗き込む研磨。鋭い彼の視線を受けて彼女がたじろぐと、化粧してる、と彼はぽつりと呟いた。

「あとタバコ臭い」
「ごめん、今日急いでて着替える暇なくて。いつもは化粧も落として来るんだけど」
「なんか別人みたいだね」
「化粧のせい?」
「それもあるけど、全体的に、かな」

普段は降ろしている髪は毛先がくるくると巻いて後ろで結われ、何個もピアスがついている耳が剥き出しになっている。服はラフで派手ではないが、制服のセーラー服しか見ていない研磨にとっては物珍しい。元々パッチリした目はまつ毛が強調され、頬は薄く色付いている。1つ上とは到底思えない雰囲気だ、と彼は深く観察して思った。

「そんなジロジロ見ないでよ」
「あ、ごめん」
「…はっ…くしゅっ!」
「はぁ。おれのパーカー着といて。そんなんじゃ本当に風邪ひくよ」
「ごめん…ありがとう」

そもそもだ。なぜ研磨がここにいるの、と聞きそびれている。他の皆はいないし、なんなら友人の2人の姿もない。部活などとっくに終わったのでは?色んな想像をしていると、はい、と研磨にパーカーを手渡されてそれを受け取ると、凄まじい勢いで彼の匂いに包まれる。

「このパーカー、すごい研磨の匂いする」
「は…?キモイこと言わないで」
「事実です」
「嫌なら着なくていい」

そうじゃないけど、となまえが腕を通すと彼女よりも一回りは大きいそれに、研磨は少しばかり胸が高鳴るような気がして、目を逸らした。バレー部とはいえ体格が良いとは言えない彼も、女子と比べれば背は高いし背中は広いし腕も長い。それを否が応でも実感してしまったのだ。
思考を変えなければと空を見上げると、相変わらずの雨模様だ。でも帰らないわけにも行かないし、とビニール傘を広げる。

「ほら、帰ろ」
「え?」
「聞こえたでしょ」
「いやでも研磨、私の家こっちじゃ…」
「そんなの知ってる。風呂入らないと風邪ひくじゃん」

無理矢理に近い相合傘。ビニール傘とはいえそこまで大きくない傘に2人の若い男女。同級生に見られたらとも思ったが、研磨が気にしないところを見ると誰もいないであろう時間なのだろう。だってもう、時刻は22時に近づいている。

「ねぇ」
「何」
「なんで駅にいたの?」
「はぁ?さっきも言ったじゃん」
「来ると思ってたってやつでしょ。そうじゃなくて」

おそらくなまえが探してる明確な理由なんてない、と研磨は彼女の追及を聞き流していた。
なまえって、ちょっと変わってるんだよね。と彼女の友人は言った。同世代の男の子が苦手で、あんまり喋ろうとしないの。でも研磨くんには心許してるって感じする。
そんなの、少しも期待しない方がおかしい。彼女達は普通に接していればこそ明るく快活な人物だったが、間違いなく頭は良いので、その彼女から言われればそうなのだろう、としか研磨には思えなかった。

「何、なまえは風邪引きたかった?」
「研磨!」
「だから、おれは直感で動いたし、これ以上なまえに説明できる理由なんてないんだってば。それで納得しないんならもう話すことない」
「何それ…意味わかんない」

そんなのおれの方だし、とお互い不貞腐れながら研磨の家の前に着くと、不意になまえは立ち止まった。
何事かと彼が振り向いて再び傘を差し出せば、少しずつ強くなる雨。早く入りたいのに、なんでと不服そうな顔を見せる研磨に、なまえは口を開いた。

「傘貸して。一人で帰るから」
「は?何言って…」
「いいから!これで研磨は濡れなかったしいいでしょ」
「全然良くないし!早く入ってよ」

なまえは自己肯定感が低いから、と彼女の友人は切なそうに言った。だから年上の男性が好きなのだと。自分を認めてくれて、自分を優しく包む包容力があるからと。
同年代は面倒くさい、その言葉が研磨の頭を掠めたが、自分だって面倒くさい同年代の女子は嫌だ。でもなまえは違うから、こうして家に入れるのを引き留めるのだ。

「なんでそんな…色々してくれるの?わかんないよ、研磨」
「理屈で説明出来ないって、何回言ったら気が済む?」
「だって、分からないから」
「じゃあなまえには一生分かんないかもね」
「え…何、それ」

おれの気持ちもちょっとくらい考えてよ、と言って手を引けば、なまえはすんなりとそれを受け入れて玄関の扉は漸く閉まった。彼の両親はまだ帰っていないようだ。そういえば、孤爪家は忙しい家庭なのだということを黒尾伝に聞いていたことを思い出し、この時間まで帰らないのか、と暗い家を見て自分の家を思い出した。うちもそうだ、と。



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