魅惑の準備室
>なるべく関わりたくないというのが第一印象だった。彼女の見かけは派手な方だったし声も大きいし学校でも友達が多い。性格もまるで正反対で今後も関わることなく生きていくと信じていたのだが、女神はそう易々と彼を導いてはくれず、彼女の持つSEの力が風間蒼也に気に入られてからというものの、同じ学校の間柄のため日頃からもよく話す仲になってしまった。
「ちょっと菊地原、ため息つきたいのは私なんだけど!」
「うるさいなぁ。じゃあいいよ全部持っていくから」
「はあ!?せっかく持ってあげてるのに何その言い方!」
「だから持つって言ってるじゃん。そもそもみょうじがあの角でぼくを引き留めなかったらこんなの頼まれなかったよ」
クラスの違う菊地原となまえが丁度出くわしたところで立ち話をしていると教師に荷物運びを頼まれてしまい、2人は校内を歩いていた。なまえのSEは影浦に近いもので彼とも交流を図っており、てっきり影浦隊を目指しているのかと思っていたが実際のところはそうではなく、B級に上がった時に彼女は風間隊を目指していると言ったのだ。
本人はさも当たり前のように“風間隊に入るためにボーダー隊員になった”と言うので、SEを気に入ってボーダー隊員になることを誘ったA級の風間に取り入るためかと想定していたが、純粋に彼の戦いぶりを近くで見てみたいということらしく、その理由にも二重の意味で驚いたことを菊地原は思い出した。
「善意であんたの手伝いしてるんだから感謝してくれない?」
「頼んでない」
「最低〜!かよわい女子が一緒に運んであげてるって言うのに!」
「かよわいって誰のこと?そんな人いないけど…って痛い、足踏まないで」
こうして話していると痴話喧嘩と言われるようになったのも最近のことで、隊員はおろか教師すら微笑ましく見守ってくるのだから堪らない、と菊地原は彼女を横目で見た。失礼なやつとブツブツ言いながらも荷物を降ろすことなく一緒に運んでくれているのはみょうじの優しいところだと菊地原は感じた。とはいえ学校生活において今までは全くと言っていいほど接点がなく、クラスも遠いにも関わらずこうして共に時間を過ごしているのは不思議だ、と思った。
「もう少し愛想があればねぇ」
「何?それはぼくに求めてる?」
「そ、もう少しあんたも可愛げがあればいいのにって思って」
「みょうじに可愛げあるって思われる必要ないし、思われなくてもどうでいい」
風間さんにも塩対応してるくせによく言う!と眉間にしわを寄せるなまえを見て、菊地原は大きなため息を吐いた。荷物運びを依頼された教室は目の前に近づいてきており、菊地原がその部屋をちらりと見るとなまえは荷物を落とすことなく彼の一歩、二歩先を早足で歩いてその引き戸を開けようとしたが固いのか鍵が掛かっているのかなかなか開かない。苦戦していると後ろから同じように扉を開けようとする手が伸びてきた。
「開かないね」
「荷物のどっかに鍵入ってんのかな」
「あ、ちょっとみょうじ動かないで、落ちる」
「は!?」
扉、なまえ、菊地原という逃げ場のない状況に彼女が焦って振り向こうとすると、荷物を落とすまいと体で挟もうとした菊地原と至近距離で目が合った。吐息が触れるほど近いその距離にぱちくりと2人して瞬きし、なまえは逃げるように足を折り畳んで床にずるずると下がったので2人の持っていた荷物は見事に散らばった。
ボーダー隊員、さらにA級の風間隊に所属しているということで菊地原は学校では有名人だったが、無愛想と毒舌家の性格で周囲の人を遠ざけていた。なまえはその肩書きに興味を持つことは無かったが、隊員になれば嫌でも意識する存在になってしまう同学年でさらに同じ学校の、目指すべき隊に所属する人物。驚きと焦りと高鳴りが混じった感情がなまえの胸の中を渦巻く。
「もー、ちょっと何してんの…全部落ちたじゃん…」
「ごめん…。あ、鍵」
「マジ!?ラッキーじゃん!開けて開けて!」
「みょうじって能天気って言われるでしょ」
失礼すぎ!と言いながらなまえは健気に散らばった荷物を拾っていた。そちらを見ているとスカートが短くて中が見えそうなことに気がついて菊地原は扉へ向かって鍵を差し込んで回すと、それはガチャりと解錠の音を上げる。開いた?というなまえの言葉に、うんとだけ返事をして振り返ることなく戸を開けた。
「わー!私、準備室って入るの初めて!入ってみたかったのに全然用事お願いされないんだもーん」
「そのために付いてきたんだ…。ていうか、どう考えても見た目じゃない?」
「わざわざ言わなくていいし!自覚してるから!」
「なんで直さないの?その髪も髪型も損してるのに」
これは私のアイデンティティなの!と主張するみょうじに、菊地原はあっそうと興味なさそうに返事をした。くるくると楽しげに巻かれた髪が、彼女が歩く度にふわりと揺れる様子をぼんやり目で追っていると、手伝ってよと憤慨される。はぁ、とため息を吐いてみょうじが拾い上げて雑然と置いた荷物の整理に取り掛かる。先程ばらまいたものを元に戻さなければと菊地原が思っていると、同じことを考えて先回りしようとしたみょうじと手がぶつかって互いに視線を合わせた。
「あのさ、菊地原って変わってるよね」
「それを言えばみょうじだって変わってるよ。さっきから気遣いすぎ」
「は?遣ってないけど」
「じゃあ無自覚なんだ、それ」
派手な見た目とは裏腹に、人の動きを察知して気遣いができるはずなのに、そう見られようとしないのは何故なのだろうと菊地原は手を動かしながら考えた。真面目なのはダサいとか言いそうな雰囲気ではあるが、どうやらそうでは無いらしい。特に何かを話すことも無く黙々と作業していると、その沈黙を破ったのはなまえだった。うーんと伸びをして彼の目の前に歩み寄って、ねぇと言葉をかける。
「やっぱ変わってるよ」
「またその話?」
「うん、今日であんたを見る目がちょっとだけ変わった。トリオン体じゃなくても優秀なんだね」
「はあ?何それ。思ったことを言ってるだけだし、みょうじの方がよっぽど変わってる」
するとみょうじは調子狂うなぁと言って笑った。彼女の話によると、真面目っぽく振る舞うよりもチャラチャラしている方が期待されない分楽なのだと。言わんとしていることは分かるが、それだけのためにキャラクターを作り上げる方がよっぽど骨が折れるのでは、と菊地原は思った。
どの彼女が本物なのだろうと彼も興味を持って横で作業する姿をじっと見ていると、手が止まっていることを再び指摘されそうになって適当に動かした。
「あーあ、貴重な休み時間が…」
「私の台詞なんだけど」
「まあいいや、今日は貴重なものが見れたしね」
「それ私のこと?言わないでよね意外と真面目とか、キャラじゃないから!」
「それはどうかなー」
2人は作業が無事に終わり準備室の鍵を閉めて廊下を歩いていた。軽やかなみょうじの声が響いたが、此処へ来る前よりも嫌な気がしないのは何故だろうと隣の横顔へ視線を向けると、彼女もこちらを見ていて菊地原は目を見開き、直ぐに逸らした。ほんの一瞬見つめ合うような形になった2人の間には沈黙が訪れる。教室までは、あと少し。
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