45
>青春の春高バレー開幕!というキャッチフレーズのテレビ番組を横目に見ながら、研磨は大きく欠伸をした。普段と何も変わらない朝だが実際春高バレーの1日目であり、これから東京体育館に向かうことは紛れもない事実だ。もう一度欠伸をすると、お前は緊張感なさすぎて色んな意味で尊敬すると猛虎が険しい顔をしているので、今更何を気にしてもどうにもならないじゃんと研磨は彼をちらりと見ながら返事をした。
なまえ達ももちろん駆けつけてくれるということなのだが、流石に週末控える試験のためにギリギリまで勉強をするらしい。来ても来なくても結果は同じだしどっちでもいいよと研磨は言ったのだが、折角の春高だから私が見に行きたいと彼女が笑うので研磨も承諾したのだ。
「研磨さん、なまえさん達いつ来るんですか?まだいないですよね?」
「うん。試合始まってからじゃないかな。間に合うように来るって言ってたし…」
「えー!じゃあまだじゃないですか!」
「何リエーフ、なまえに用事ないでしょ」
「用事は無くてもなまえさんがいたら頑張れるんですよ!研磨さんもですよね!?」
そんな気がするだけだろう、と思いながら研磨は彼女が懸命に苦手科目に取り掛かっている姿を思い出す。眉間に皺を寄せて、うーんと唸っているなまえ。勉強に運動に、何でもそつなくこなす彼女にも苦手なものがあるのかと人間として当たり前のことに少し驚いたことを素直に伝えると、ゲームにだって完全無敵のキャラなんていないでしょと言われた。研磨はその言葉に非常に納得したのだ。強い武器にも、強い魔法にも、強いキャラにも、それぞれ秀でる面が強調されるがその影には必ず劣る面がある。
「今、なまえはボス戦中だから」
「なんだそりゃ。なまえさんがゲームなんかやるかよ」
「ゲームじゃないし…なまえのボスは、おれも攻略できないからね」
「はぁ?余計意味わかんねぇ」
「分かんなくていいよ」
隣にいたリエーフはいつの間にか夜久の方におり、研磨の隣は金髪のモヒカンがトレードマークの猛虎に変わっている。なまえはたしかにゲームはやらないが、研磨のゲーム画面をよく見ているからこそ、あのような発言が飛び出してくるのだ。でもそんなことは教えない、と研磨はマフラーに口元を埋めながらほくそ笑んだ。
自分達だけが知っていればいいし敢えて説明したところで面白い話でもない、と研磨が前方を見つめると、黒いジャージの集団を見つける。烏野だ、と研磨は目を細めた。
初戦の清川戦、研磨はなまえが見に来るということはすっかり忘れて試合に集中していたのだが、予想とは違う軌道のボールに体が勝手に動いた時に、彼女の存在が頭をよぎった。途切れたラリーの隙にスタンドで応援している3人の姿を見つけると、なまえがこちらに手を振るので応えるように頷いて自分の手を見つめる。様子のおかしい研磨に黒尾が声をかけると、うーんと唸りながら彼に視線を映した。
「どうした研磨、どっか痛めたか?」
「いや、別に…でもなんか、変な力が働いたかも」
「なんだそれ」
「いいよ、おれもよく分からないから」
第六感というのが正しいのだろうか、と研磨は思った。なまえが背中を押すような、手を引くような、そんな感覚だったとボールを見つめながら先程の自分の行動を振り返る。あの1歩は間違いなく体が勝手に動いたと言えるものだっただが、なぜそんなことが起こったのかは分からない。だが、リエーフの言い分にも一理あるということか、と研磨はほくそ笑んだ。
「け、研磨さんが笑ってる……!」
「何言ってんだ。そりゃ研磨だって笑うだろうが」
「リエーフの言ってた意味が分かっただけだよ」
「俺なんか言いましたっけ?」
「うん。始まる前にね」
ゲーム内で研磨を回復するなまえの姿を思い浮かべて、彼は再び目の前の試合に向き合った。彼女が付いているなら大丈夫、どんなにボロボロになっても隣で回復してくれるのだから。
「清川ってあんまり知らないけど、やっぱりそこそこやるね〜」
「流石に全国クラスだからね」
「う…模試の前より緊張するんだけど…2人とも平気なの?」
「衛輔の怪我治ったし後ろは大丈夫!黒尾も調子悪くなさそうじゃん?」
確かに鉄朗は大きく崩すこと少ないけど、と言いながら心配したようにコートを見つめる友人を横目になまえは研磨の姿を目で追った。動きは悪くないし、先程見せた素晴らしいレシーブを見る限り調子が悪いということは無さそうだが、如何せんスタミナ切れが早いのが彼の弱点だった。それをカバーするのが音駒の力なのだが、今回の清川戦ではさほど消耗が激しいような様子は見受けられない。
「研磨も多分大丈夫」
「え…なまえまでそんなこと言うの?」
「うん、確かに相手は強いけど、梟谷の方が強い気がしない?」
「そうだよ〜ボックンのスパイクと木葉くんと赤葦くんの器用プレーの方がずーっとヤバい!代表決定戦思い出して!あ、やっぱりいい、衛輔怪我したんだった…」
当時の決死のプレーを思い出して落ち込む彼女を2人で励ましつつ、なまえは研磨の姿を見つめていた。珍しくこちらに頷いて見せたのはなんだったのだろう、と想像を巡らせるが答えは出ない。研磨がギャラリーに何かを言ったり反応することは非常に珍しく、しかもそれをこの春高の時にするものだからなまえは驚いたのだ。何かあったのかと思ったがそうではないらしく、引き続き変わらぬプレーを続けている。
「わ、招平!」
「福永くんインコースカッコイイ〜〜!」
「よかった…!」
音駒高校が1回戦突破し、3人があかねとアリサと少し会話をしている時になまえの携帯が震えてその画面を確認すると、メッセージの相手はもちろん彼。いまどこ?という内容にスタンドにいるよと返信すると、直ぐに既読になる。彼がいる場所が送られてきて、目印の看板の近くで赤いジャージを発見する。
「研磨、お疲れ様」
「うん。今日はなまえのおかげ」
「え?私?あれはそういう意味だったの?途中で頷いてたの」
「そうだよ。なまえの魔法がおれに届いたから」
次もよろしくね、と研磨は彼女に笑って見せると後ろからリエーフの声が聞こえて咄嗟に身構える彼に、次はなまえが笑う番だった。魔法の意味は分からなかったが、彼が言うならそうなのかもしれない、となまえは研磨の背中にそっと手を置いた。
「私の魔法なら、いくらでも」
「おれ専用だからね」
「分かってる」
熱くしっとりした背中を抱き締めたいのを抑えて、なまえは研磨に寄り添った。暑いんだけど、と言う彼を無視してその手を取ろうとすると此処でイチャつくなよ〜と黒尾の声が聞こえるのでなまえは顔を上げてその姿を探したが、くるりとこちらを向いた研磨に視界を覆われてそれは阻まれた。
「クロ、今おれ回復中だから」
「あーはいはい、山本が死にそうだから向こうでやれよな」
>
戻る top