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音駒の試合が終わってから3人はそれぞれ帰路に着いていた。基より受験勉強の息抜きに出てきたのだ、明日も続くのだから、目当ての試合が終わったら帰らなければ毎日ただの遊びになってしまう。なまえも例外ではなく、何となくで春高の途中経過を調べながら自宅へと向かっていると、再び研磨からのメッセージに気が付く。
今どこ?と先程と同じ内容が送られてきており、まるで親のようだと思いながらなまえは次に到着する駅の名前を送ると、直ぐに返事が来る。付き合ったばかりの時に連絡を取らなかったことですれ違ってしまったことを思い出す。あの一件があったからこそ研磨となまえは密に連絡を取るようになったし、互いに本音で話せるようになったので、必要な綻びだったのかもしれない、となまえは思う。

明日の相手は早流川に決まったね、と送ると、戻ってからミーティングだよと研磨から返事が来たあと間髪入れずに烏野も勝ったと送られてきて、なまえは彼らが懇意にしている東北の学校のことだと検討をつける。黒尾が何回も言っていたのだ、“ゴミ捨て場の決戦”を実現させたいと。あの時の黒尾には紛れもなく主将の威厳があり、固い決意が見受けられたのをなまえは思い出す。研磨にそういう思いは無くても、烏野と試合するのは楽しみにしてるんだよな、と彼女に笑いかけた。新しいゲーム買ってきた時みたいな顔で試合するんだぜと言われ、なまえもそんな研磨を想像して笑みがこぼれた。

そんな烏野も勝ち上がってきており、問題はその次だ。音駒は早流川を、烏野は強豪の稲荷崎を破ってそれぞれの道を進まなくては2校が交わることは叶わない。なまえは電車に揺られながら目を瞑った。今日も一生懸命取り組んでいたが、明日はどうだろう。どうせやるしかないんでしょ、と言いながら支度をする研磨の姿が目に浮かぶが、心配なことこの上ない。とはいえ家に行く訳にも行かず、彼女は自分の家の最寄り駅のアナウンスで目を開けて電車を飛び降りた。

「これからなまえと会うのか?」
「会わないよ。明日もあるし」
「へえ、意外」
「クロ…おれのことなんだと思ってんの?」
「ロールキャベツ男子」

はぁ?と思わず呆れ顔でゲーム画面から顔を上げる研磨に、黒尾はケラケラと笑い返した。草食男子というより、食に興味すら無さそうだった彼がまさか意外なところで牙を磨いていたとは、と黒尾は隣を歩くプリン頭を見つめる。研磨の場合は牙を磨いていたわけではなく偶然なまえを捕食したという方が自然かもしれないが。
チビちゃんになまえのこと言ったのか?と聞くと、研磨は首を振り、言う必要ないというのが彼の言い分だった。

「まあなまえは合宿来てないからなぁ」
「なんでクロはそんなにおれとなまえのこと周りに言いふらしたいの、やめてよ」
「だってお前、いかにも女子に興味無い代表だろ?そんな研磨に、実は彼女がいましたーなんて言ったら、烏野の連中ひっくり返るんじゃねえ?」
「今でも十分うるさいんだから、そういうのはもういい…。クロだって彼女いるじゃん」

俺は彼女いても意外じゃないからつまんないだろ、と黒尾が真顔で言うので研磨は先程以上に冷ややかな視線を向けた。翔陽が彼の周りをぐるぐると周りながら、研磨彼女いたのかよ!?どんなやつ!?今日は来てないのか!?と次から次へと問いを投げながら、他の烏野の面々が珍妙な顔でこちらを見るのを想像して研磨は首を振った。

「絶っ対、余計なこと言わないでね」
「分かったから睨むなっての!すげぇ顔してんぞ!」
「クロが変なこと言うからでしょ」
「はいはい、すいませんでしたー!」

そんな会話をしながら帰路についていると、家が見えてくる。明日寝坊すんなよ、と言う黒尾に応えて研磨は門を潜って鍵を回す。ガチャっと鍵が開く音と共にポケットの中で携帯が一瞬震えたのに気が付きつつも、ふわぁと欠伸をしながら玄関で靴を脱ぐと1回戦突破おめでとうと母から声をかけられ、いつも通りに返事をする。明日も試合だからとユニホームを洗濯するべく取り出すと、その赤いユニホームを見て、研磨は顔を上げた。

「どうしたの、研磨」
「明日、セカンドユニだった気がする」
「あら珍しい。明日は白い方着るのね」
「うん、多分」

思い出してよかった、と部屋の奥にしまっていたユニホームを取り出す。あまりセカンドユニホームを着る機会はなく不思議な感覚だった。音駒といえば赤いユニホーム。これを着ると全員が夜久になったような気分になりそうと思った瞬間に余計なことを言い出しそうなリエーフを想像して、研磨は口角を上げた。夜久に対して身長のことを口にするのが禁忌事項なのは音駒高校バレーボール部の暗黙のルールとなっている。
ユニホームをしまって研磨はベッドへと倒れ込み目を閉じた。すぐにでも眠ってしまいそうだが、夕飯を食べなければならないので睡魔と格闘しながら携帯を探していると、それがメッセージの受信を知らせていることに気が付いた。同級生に特別仲が良い人がいるわけでもなく、試合結果に対するものとは思いにくいので恐る恐る差出人を確認すると、見慣れた名前に安堵した。
あまりにも眠いのでそのまま通話を押すと、相手は直ぐに電話に出た。

《研磨?》
「あー…なまえ」
《すごい眠そうな声》
「うん…夕飯になったら起こして」
《え?寝るの?》

なまえの声を聞いたら余計に眠くなってきた、と研磨は音声をスピーカーにしてぼんやりと寝転がると、電話の向こう側では音楽が流れているようでシャカシャカと軽快なリズム音が聴こえる。流石に何の曲かの判別はつかないが、彼女がいつも聴いてる音楽と同じ系統のものだろうと予想はつく。

《ねえ、魔法って何のことだったの?》
「え?あー…別に、大したことじゃないよ」
《そう?》
「うん…ちょっとだけなまえの第六感が宿ったような気がしただけだから」

何それ、と電話の向こう側の笑い声に研磨は目を閉じて、なまえが来たから拾えたボールだったかもね、と返事をする。きっと彼女は納得しないだろうが構わない、普段は研磨もそんな不確定な力を信じるタイプではないが、今回ばかりは特別だと思った。研磨寝ちゃった?という彼女の言葉に賢明に答えながらも段々と襲ってくる睡魔に抵抗はせず、身を任せて意識を手放した。
おやすみ、というなまえの優しい声が遠い意識の先で聞こえたがもはや返事をすることは適わず、彼女の携帯からはベッドの布団が擦れる音が聞こえた。




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