自由は勝ち取れるものだよ


※ニスル:オリキャラ、鬼側の市民


人間と暮らす日々から遠ざかって数年が経過し鬼たちの社会にも順応してきたある日のこと、土砂降りの雨の中なまえは外へと出掛けていた。フードを深く被り、レウウィスが彼女のために作った仮面を被り、鬼の足をした靴を履いて街に向かっていた。鬼の格好をするのも慣れたもので、手にも鬼らしい鋭い爪が取り付けられており、彼女の擬態を怪しむ者はいなかった。たった一人を覗いて。

「例の子は留守ですか?」
「ああ、出掛けているよ」
「気まぐれにしては、大公も少し度が過ぎているかと思いますが」
「パルウゥスと同じようなものさ、バイヨン」

バイヨンはレウウィスのなまえへの執着に疑問を感じていた。今まで一度たりとも子どもに感情を向けなかったにも関わらず、突然気に入ったと言い始めて家に置いているのだ。あのレウウィス大公が、そんなはずないと。
その鋭い視線を察知したレウウィスはなまえを買い物に向かわせた。仮に五摂家に人間を飼っていると知られれば、狩庭で楽しむことはおろか、全てを奪われる可能性がある。自分がどうなろうとさほど興味はなかったが、折角手に入れたなまえを手放すのが惜しい、とレウウィスは感じていた。

「どこを気に入ったのです、あの少女の」
「なまえがいると毎日が新しいのだよ。君には分からないだろうがね」
「分かりかねます。あのような小娘に邪血を与えるなど」
「彼女を虐めるのは辞め給え。今度我々の秘密の遊び場にも連れて行くのだから」

周囲には気に入ったから邪血を与えたと説明してあるゆえ、彼らの前で人間を食べる必要は無い。無論人間であるなまえが人間を食べるなど有り得ないことではあるが、彼女はその詮索を上手く躱して食事を取っていた。
レウウィスと2人の時は仮面も外し、ただの人間として生活していた。匂いが消えるよう常に香草を身につけており、もはや臭覚から人間だということを勘づかれることはなかった。

「それ、4つください」
「ああなまえか。こんな雨の中よく来たね」
「大公がどうしてもって」
「はは、それなら致し方ないね。ほら、持っていきな」

頼まれた物と言っても大して切羽詰まっている訳では無い物を買って水溜まりの中を歩いていた。普段なら賑わう街もこの雨で往来する人数は少なく、皆用事を済ませて足早に去って行く。バシャッと水が跳ねる度、靴に水が染みてきて気分が悪かったが、バイヨン卿が来ると言われており早く帰ることは出来ない。なまえはただゆっくりといつも通りの家路に着いていた。

「なまえ!」
「…あ、ニスル。どうしたの?」
「こんな雨の中出てきたのかよ。大公も人遣い荒いなぁ」
「そっちこそ、雨の中出掛けてるけど」
「俺はなまえを見つけたから出てきたんだよ!」

彼はなまえにとって友人の一人だった。無論彼は鬼であるが彼女にとってそれは問題ではなく、GVやGPで過ごしてきた時の仲間と変わらない友人であった。それを悩む時もあったが、レウウィス曰く“君を食糧と捉えるか否か”だという。人間は食糧だが、なまえという特異な存在をそう思うかは人によるだろう、との事であった。

「バイヨン卿が来てるのか。わざわざ雨の日にお前を外へ追い払うなんて、よっぽど怪しい話してるんじゃないか?」
「そうかなぁ。帰ったらレウウィスさんに聞いてみるね」
「機密事項をペラペラ話すやつがいるか!」
「えぇ!レウウィスさん何でも教えてくれるよ?」
「お前がとぼけたことしか聞かないからだろ!」

ニスルに食べられるならそれで良いとなまえは思っていた。レウウィスやニスルのような親しい鬼が自分を糧にしてくれるなら何ら後悔はない。いずれにしてもあの狩庭――ゴールディポンドで終わっていた命だったのだ、ノウマやノウス、ルーチェに食べられるよりずっと良いとなまえは仮面の下で静かに微笑んだ。

「ねえ、ニスルはちゃんと生きてる人間、見たことある?」
「は?何だよ藪から棒に。お前はあるだろ?大公と一緒に居ればひとりや2人どころか、農園だって行けるだろ」
「うん……まあね。何となく、どうなのかなって」
「生きてるの見たことは…ないな。その辺で野良に殺られて死んでるやつは見たことあるけど」

野良に殺された人間。それが農園出身の人間であることは概ね間違いない。GBから逃れてきたルーカスの話を思い出す。
何か特別聞きたかったことがあるわけではなく、どの程度人間へ興味があるのか知りたいという軽い気持ちからの問い掛けだったが、ニスルが訝しげに再度理由を尋ねるので、何となくだよとなまえは言葉を濁した。

「なあ、農園ってどんな場所なんだ?」
「えっ?」
「なまえなら見たことあるだろ?どんな感じなんだ?」
「……それは…」

なまえがGVで過ごした思い出を脳裏に浮かべたところで背後に気配がして2人は振り向くと、そこには見慣れたシルクハットを被った大きな影があった。驚くニスルを横目に、なまえは名前を呼んでその姿を見上げるも、仮面の奥に潜む視線からあまり機嫌が良くないのを悟る。

「じゃあ、私は帰るね、ニスル。また今度」
「バイヨンは疾うに屋敷へ帰ったよ。我々も帰ろうか」
「雨の中、ごめんなさい」

フフ、と不敵に笑うレウウィスの後を追うように足早に歩くなまえの後ろ姿をニスルはこっそり見つめていたが、振り返ったレウウィスにハッとして姿を隠した。
レウウィスは決してなまえが街へ出歩くのをよく思っていなかった。いつ彼女が人間だと周囲に勘づかれるか分かったものではない。“友達”だという彼にもそれは同様のことが言える。警戒して損は無い、とレウウィスはくるりと前を向いて足を踏み出した。

「何故農園の話をしていたのだ?」
「街のみんなは知ってるのかなって、そろそろ聞きたくなって」
「あれはこの社会を縛るための制度だ、一般市民に知られるわけにはいかぬのだよ」
「……みんな色んなものに縛られてるんだね」

では、あの場所にいた頃と今、どちらが自由かな?とレウウィスはなまえに問いかけた。彼の欲しい答えは一つしかないが、彼女ならその答えを超えてくる回答を出すと思っていた。だからこそ未だにバイヨンが警戒するのを辞めてくれないのかもしれない。なまえはレウウィスを見上げて、帽子から雫が落ちるのを見届けてから口を開き、彼はその答えを聞いて満足気に笑みを浮かべた。この雨の中でも羽ばたく鳥のように、彼女は自由で気ままな存在なのだ。




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