05



ピ、ピ、とアラームが鳴るとなまえは身動ぎしてそれを止めようとしたが、腕が伸ばせない。当たり前だ、この狭いところに研磨と抱き合って寝ているのだから。彼女が動くのとアラームで目覚めた研磨がふぁぁと欠伸をする。いつもの猫目はまだ眠気のせいで細められ、今にも二度寝しそうな雰囲気だった。ちゅ、と眠そうな頬に口付けると、研磨はぎゅっとなまえを抱き締める力を強める。

「おはよう、研磨」
「んー…」
「私起きるよ、学校行くから」
「今日、土曜でしょ…?」

私立だから私は毎週学校あるの、となまえが答えると、あー…と眠たげな声を上げて研磨は彼女の頬に擦り寄った。猫みたい、と笑うと不機嫌そうに彼女を見つめる2つの猫目。朝ご飯あるの?とそのまま会話を続けると、知らないと言って研磨は目を閉じた。
彼氏の家から学校に行くことは前にもあったはずなのに、なんとなく後ろめたい気持ちになるのは相手が彼だからだろうか、それとも音駒の前を通るからだろうか、と少し浮き足立った気持ちに蹴りをつけてなまえは彼の腕をすり抜けた。

体は夜中の行為のおかげで痛かったが、寝起きの顔はさほど酷くはない。幸せだったからだろうか、と緩む頬を正すため顔を洗う。研磨の部屋に散らかった衣類を集め、洗濯したキャミソールとしわがつかないように干していたセーラー服の上着を被ってスカートを履く。タイと靴下はリビングに置きっぱなしだ、と研磨の眠る場所へ戻ると、彼はぎゅっと掛け布団を抱き締めて二度寝を堪能していた。
洗濯が終わって置いていた靴下と、その辺にあったタイをつける。幼く見えるセーラー服は嫌いだったが、出会ってしばらくして研磨が俺は好きだけどねと言ったのを思い出す。

冷蔵庫を開けると、特に朝食が用意されている雰囲気はない。研磨は何時に出かけると言っていただろうか。いつもの土日の練習時間を思い出すと、9時くらいに集合といったところかと推測して野菜室を開けると、一応何か作れそうなものは揃っている。
とはいえ、黒尾曰く好き嫌いが多いらしい研磨がサラダを食べるとは限らないので、本人に聞いた方が早いかと彼の元へ向かうと、当の本人はすっかり夢の世界だった。

口に付いている髪を払うように拭ってやると、身動ぎして彼の細い金髪がさらりと動く。黒髪の方が目立つから染めたという意味不明な理由でこのプリン頭が形成された話を思い出して思わず笑いながらその髪に手ぐしを通していたら、パッとその手を掴まれた。

「なまえ、もう行くの?」
「え?」
「まだ?」
「うん、まだ」

研磨はいつも朝ご飯何食べてるの?と聞くと、適当に色々…と歯切れの悪い答えが返ってくる。パンとかご飯とかきちんと食事を摂るような返事ではないので、ヨーグルトとか食べるのかなとなまえは冷蔵庫の中身を思い浮かべた。

「なまえは?」
「私はサラダと、ベーコンと卵焼き焼いたりかな」
「料理出来るの?」
「それなりにね。親もあんまり料理しないし」

小学生の時に両親が離婚してなまえは父に引き取られた。父は聡明で立派な人物だったが家庭を顧みないことが離婚の原因で、彼女も昔から一人でいることが多かったため、自然と料理することになったのだ。彼女の父は現在大阪で単身赴任しており、なまえは実家で一人暮らしをしていた。
父からの仕送りは十分すぎるし、むしろ多いほどだった。週に一回は家事手伝いの人を呼んでおり掃除や庭の剪定までやってくれる。離れてなかなか会えない分、金をかけて色んなことを気にかけてくれているという不器用な心遣いを感じるので、なまえはその金にあまり手をつけたくないとアルバイトをしているのであった。

「ふーん」
「で、なんか食べる?」
「んー、なまえは?何か作ってよ。おれもそれ食べるし」
「でも研磨、嫌いなもの多いんじゃ…」

彼はギクッという顔をして体を起こした。ソファからおもむろに立ち上がってなまえの手を取ってキッチンの冷蔵庫へと向かう。一人で寂しい子ども時代を過ごしてきたなまえにとって研磨のこういった素直に甘えるような行動は心がむず痒く、されるがままになってしまう。自分を認めて欲しいからずっと年上と付き合ってきたのに、こんな風に求められるのが嬉しいなんて、と彼女は思わず口角を上げた。

「何ニヤニヤしてんの」
「なんでもない!」
「なまえが作るならサラダ…食べようかな」
「はいはい、すぐ作るね」

研磨はじゃあ顔洗ってくると洗面所に向かった。まるで同居している気分だ、とほくそ笑んで玉ねぎを切って水につけ、レタスをちぎってキュウリを切った。顔を洗って着替えてきた研磨は冷蔵庫を開けて飲み物を取りだし、自分のカップに注いで飲んでいたのだが、それをなまえへと差し出した。

「飲む?」
「うん、ありがとう」
「何時に出る?」
「もうすぐ出来るから、食べたら出るよ」

するとそっか、と些か残念そうに言うと次はいつ音駒くる?と質問攻め。日曜日も部活だそうだが、進学校のなまえは模試があり顔を出すことが困難なことを伝えると、模試…と嫌そうな返答。進学校の特進クラスの彼女は目指す大学すら定めていなかったが、難関な国立大を目指せるレベルだ。今までやりたいことの一つもないままここまで来てしまった、となまえは研磨が出してくれたお皿にサラダを盛った。

「大学は東京?」
「うん、地方に出ていく気はないかな」
「そっか」
「なんで?」
「おれ、一人暮らししたいから」

だから東京ならなまえも一緒に住めるでしょとさも当たり前のように研磨は言った。同じ大学に行けるとは夢にも思っていない。自分と彼女とでは学力が違いすぎることは高校の偏差値を知って察していたので、せめてもの足掻きだ。先に大学生になり忙しくなるであろうなまえと1年離れるなんて考えられないという彼が生み出した結論だった。

「大体決まってるでしょ。国立なんて数少ないし」
「まあ…ね。あとは私がどこまで目指すか…次第」
「底なしななまえの学力コワイ」
「底って…せめて天井って言ってよ」

そんな他愛もない話をしていると彼女には時間が迫ってきてしまい、先に食べ終わっていた研磨の皿と併せて洗い物をして家を出ようとした。忘れ物があったら研磨に持ってきてもらえばいいかと安直な考えでローファーを履こうとすると、後ろから彼の手が伸びてくる。

「なまえ」
「行ってくるね、研磨」
「行ってらっしゃい」

同居しているというより新婚かな、と手を振る研磨に応えてなまえは孤爪家の扉を開けた。
彼女が出て行った家はシンとして少し寂しいかも、と彼は昨夜の片付けに取り掛かった。自分の部屋に散乱していたはずの衣類は畳んで置いてあり、開けた窓も干していた毛布も元通り、マットレスの上にかけられていたタオルケットも畳んでおいてある。なまえはマットレスを客間に戻し証拠隠滅を図る。結局使わなかったからこんなことになるなら最初から一緒に寝ればよかったと思いつつ、仕方なくシーツをセットする。
リビングに持ってきた掛け布団も部屋へと戻し、これでいいかと一息ついてゲームを取り出して電源を入れて早速始めたところでインターホンが鳴る。知らぬフリをしたいが、した方が面倒くさい事がわかっていたので嫌々電源を切ってエナメルバッグを持って玄関へと向かう。

「お、早いじゃん」
「うん、今日早起きしたから」
「へぇー。研磨が早起きなんて、雪でも降るんじゃね?」
「うるさい」

部活へ行くために迎えに来た、というより催促しに来た幼馴染とともに高校へ向かう。その道中もどうでもいい話やバレーの話をしながら研磨は適当に相槌を打っていたのだが、そういや昨日あれからどうしたんだと聞かれて、ドキッとしながら別に…と歯切れの悪い答えを返すと、黒尾はニヤニヤしながら研磨の顔を覗き込んだ。

「なんかあっただろ〜、その顔は」
「クロその顔キモイ」
「おいおい照れ隠しか?」

なまえちゃんと何があったのかな〜とわざとらしい態度を取る黒尾に嫌気が差してしばらく無視していると、学校が見えてきた瞬間に彼をからかうのをやめて真剣な声でぽつりと呟いた。

「ま、研磨がいいならいいんじゃねーの」
「何それ」
「俺は応援するぜ」
「別に今更応援されることないし」

研磨の言葉に驚いて黒尾は足を止めたが、研磨はそんな彼に構わずそのまま学校の校門をくぐる。すると、それどういう意味!と後ろから走って追いかけてくる黒尾。もうバレるなんて面倒だなと思いつつ、2人はアレコレやり取りをしながら体育館へと向かった。

土曜日まで普通に授業あるなんて嫌だなとなまえへ言うと、その代わり平日フル授業じゃないからと私立高校らしい返事が返ってきたのを思い出した。
意味がわからないという研磨の顔を見て、受験に向けての選択授業だから行かない日もあるんだよねとなまえは説明した。そして土曜は朝から英語長文だから絶対行かなきゃいけないと彼女は言った。
なまえの頭脳レベルで難しい英語なんて絶対に暗号だろうと研磨は想像して嫌になった。

「研磨さん今日キレッキレっすね!!」
「え、そう?」
「なーんかイイコトあったらしいからな〜研磨は」
「クロうるさい…」

イイコトってなんすかー!と大騒ぎのリエーフに猛虎がスパイクを打ち込み、てめぇら本気でやれ!と怒り始める。隣の夜久も不機嫌そうで、一層面倒くさそうな雰囲気になり研磨はため息を吐き、その根源のリエーフと黒尾を睨む。しかし確かに今日は眠かったが調子が良いと彼は感じていたので、それをリエーフに言い当てられたのが癪だった。そうしてたまにサボりながら部活の時間は進み、その日は終了となった。

「で、研磨。ナニがあったか聞かせてもらおうか」
「…なまえと付き合い始めた」
「は…?なまえって…あのクールビューティーな俺達のよく知ってるなまえサン?」
「他に誰かいる?」

マジかよと絶句する黒尾を横目にちらりと見て研磨はゲームをしながら口を閉じた。これ以上を伝えると絶対に厄介だから不要なことを言うことはないと。だが鋭い幼馴染は再びニヤつきながら、さては昨日はお楽しみだったんだろと聞いてくるものだから、研磨は思わずムッとして背の高い彼を見上げた。

「図星だろ?」
「…だったら何」
「マジかよ」
「……」
「おい研磨、俺の言ったお楽しみの意味わかってるんだよな?分かって返事してるんだよな?」

面倒くさいという顔を敢えてすると、黒尾はマジか…と再び言葉を失っているようだったが、研磨はハッとして釘を刺さなければと考えていた。黒尾のことだ、研磨に彼女が出来ただの、もう一線を超えただの、バレー部に言いふらすに違いない。そうでなかったとしても、ことある事にその秘密を持ち出して発破をかけてくるはずだ。

「皆には…言わないでね」
「お前…それ俺に言うのはいいけど、なまえにも言っとけよな?知らねぇぞ」
「は?なんで」
「なんでって、あの3人ともバラバラに音駒来るだろ?その時にポロっと誰か言ってもおかしくねぇじゃん」

あ、と研磨はなまえとその友人2人の顔を思い浮かべる。1人は黒尾の彼女なので彼が口止めしてくれさえすれば効くかもしれないが、明るくて調子のいいもう1人のことを思い浮かべると研磨は渋い顔をした。夜久に片想いしている彼女が一番余計なことを言いそうで、研磨くんごめん言っちゃった!とおどけて言って来るのが想像出来る。

「あー…」
「ま、あいつら仲良いし何でも相談するって言ってたから、言わないでは無理だろうけどな」

夜久にバレたら練習量増えんじゃねぇの、と笑う幼馴染を研磨は睨みつけた。自分はしれっと彼女を作ったあとしばらく秘密にしていて、いつだったか昼休みに俺彼女いるしと当たり前のように言ってくるものだから驚いて箸からお弁当のおかずがずり落ちたんだっけ、と研磨はため息をついた。
結局黒尾も夜久から質問攻めをされていたが、もし教室に夜久と猛虎とリエーフと野次馬の黒尾と招平と犬岡が押しかけてきたらと考えたら、まわりの同級生の目も想像してあまりの地獄の状況に研磨は最大級の嫌な顔をした。




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