玉葱を刻むとき

玉葱を刻むとき

COCO MEMO TEXT

疲弊、のち、晴れ。霧雨の夜道。

▽2020/02/16(Sun)終業して、とうに三時間。
いつまで待てばよいかな、となまぬるい事務所にて、期間の売上実績を確認しながら時計を見上げる。
今日は、上司との面接があった。下期の評価を確認してもらうだけの、簡単なもの。
上司は、上司の上司と(要は、主任は店長と)面談中だったため、わたしは待たされていたのだけど。
便宜的に取り纏めた自己評価を出力して、メールをチェックしていたら、主任がお待たせとやってきたので早速その評価シートを見てもらう。大丈夫だと言われたところに、店長が主任と一服に行くというので、そのままわたしもついていくことに。
主任が、先程までの面談の内容を噛み砕いて教えてくれる、今後の目標や、計画やなんかを。一方で、黙っておもむろにアイコスを咥える店長は、疲れ切っているように見えた。なにせ、いつにも増して愚痴っぽかったので、本当に疲れ果てていたのかもしれない。
そんな店長から聞こえてきたのは、数百名を束ねる組織の責任者だとは思えないような、はしたない言葉。
奥さんの愚痴と、気の利かない下世話な説教。欲求不満を呈するそれらの吹き出しは、わたしたちには1ミリだって届かないというのに、ポンポンポンポン。子供みたいにわかってほしいわかってほしいと、駄々をこねてる大人を目の前に、仕方なく、少しの諦観を味わった。
共感してくれる人間を選ぶことさえ無視しているのは、一家の主の権力が従えた者の首の動き方にまで影響できると知っているからだろうか。
勿論、わかってはいる。一見、順風満帆に見えたとしても、当人の認識の中では客観と合致しないことだってある。
ただ、そこまで不満でつまらないのなら、やめてしまえばいいのに。ついわたしはそう思ってしまうから、その空間がどうしても退屈だった。
主任をいじめて、憂さ晴らしでもしてるのだろうか、独り善がりな詭弁こそ他人を不愉快にさせるには充分だ。浮気しない奴はいないって、不倫だらけだって。そんなの、うちの主任には関係ないのに。

つまらない一服の時間も済んで、ようやく面談。
無人の休憩室を占拠して、一時間近く、主任とわたし、二人で話をした。
近ごろ浮上している問題や、課題について、生意気に意見を言うわたしに、真摯に耳を傾けてくれる。決して自身を卑下しない主任を、わたしは慕っている。
どこから生まれてくるのかわからないその自信に、最初は辟易とさせられていたのに。
サルもおだてりゃ木に登る、最初はそう思って、扱い方さえわかればこっちのもんだなんて考えていたけど。決してそんなことではなくて、尊重すれば尊重される、ただそれだけのことだった。

他人を傷つけなくても生きていけることを、目の前のこの人はいつだって証明してくれる。



無題

▽2020/02/16(Sun)夜更かしが大得意である。
彼はそんなわたしを見越して、早く寝なさいよと仕事中にも関わらず、時間を割いては尻を叩く。
五日ぶりの我が城に戻ってから、荷ほどきもせずに早速ビール缶のプルタブを持ち上げてからというもの、早五時間が経つ。
さすがに翌日からの仕事に備えなければ、と重い腰を上げて就寝準備。彼の部屋での過ごし方にすっかり慣れてしまったわたしは、まさか自身の家での過ごし方を忘れるなんて思ってもみなかった。彼愛用の洗髪剤はリンス不要の代物であった。もくもくと目一杯に泡立ち、流しながら髪を指で梳くと、つやつやと指通りのいい上等なもので。それを数日間、体験しただけなのにも関わらず自宅の浴室にある買ったばかりの可愛らしいリンスボトルが見えなくなってしまった。
髪をバスタオルで叩きながら、どうもキシキシするなと思ってみた。そしてこれまた良いタイミングで、トリートメントもちゃんとしなよ、と連絡が入るのだった。
毎朝のごとく鳥の巣を頭上につくるわたしを不憫に思って、用意してくれたトリートメント。それすら丁寧にぬりたくるのは彼の仕事であった。
無精で、面倒臭がりで、何もできない、しない恋人を、どう思っているんだろう。

仕方がないので、今夜は自ら髪の世話を済ませる。
あと数時間後からの仕事を思うと、憂鬱だ。


終わりつつある冬休み

▽2020/02/15(Sat)一泊二日の旅行を終えてから、時間の許す限り、彼の懐にいた。あっという間の五日間が終わろうとしている。ささやかだけれど、これ以上は何も要らないような、満ち足りた冬休みだった。
わたしは毎夜、気が済むまで酒を呷り、好きなものを食べて、楽しんだり落ち込んだり、気儘に過ごしていた。彼を笑わせたり、困らせたり、気持ちよくしたり、苛つかせたりもした。二人でいる時間の、秒針の進みは驚くほど速く、素敵な夢ばかりを見て、目が醒めては、また眠る。仕事に出掛ける彼を送り出してからのミッドナイトは、柔らかな泥濘で、どこまででも堕ちていけそうだった。
ただひたすらに、一人ではもう生きてはいけない実感に浸されながら、彼の帰宅を静かに待つのが、わたしの新しい幸せになった。ずうっと、続いていけばいいのに。繰り返し、繰り返し、眠りについて、彼に抱き締められて目が醒める、窓から射し込む朝の日差しに目を細めて、キスをして。
少しずつ、だけれど唐突にいっしょくたになってしまった、混ぜこぜの朝と夜、交じり合うことはなかったはずの。体液と共に染み出して、渇いていく。そのゆるやかさは、とても心地がいい。

やみつくさ

▽2020/02/14(Fri)例えば、あと82分で今日が終わるとして、82分後に全てを失うとしたら。そのことについて私は一体何から考え始めればいいんだろうか。

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