その他大勢なら捨ておいて
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顔を上げて辺りを見回すと離れた位置には声の主と、オンボロ寮の監督生がいる。あいつの声が無闇矢鱈にデカすぎるから聞こえただけで、俺に呼びかけた訳じゃないのは見ただけでわかった。
まあ、そうだよな。人間っていっぱい居るし。教室で隣の席になることが多いから、なんとなく俺を呼ぶ時の言葉かなと思い込んでいた。人類代表という訳でもなし。ちょっと傲慢だったかもしれん。悔い改めよう。
そう思ってから、隣の席の妖精が「人間!」と怒鳴り出す時(声がでかいだけで怒鳴っているつもりは無いらしい。難儀なやつだ)、一回周囲を見渡す癖がついた。
あまりにもこの妖精クラスメイトの圧が強すぎて認識してなかったが、普通に人間沢山いるわ。ということは、今までも俺を呼んでいた訳じゃなかったのかもしれないな。
適当に石を投げてぶつかったみたいなノリで、適当に人間と呼びかけて返事をしたやつを相手にしていた可能性すらでてきた。まあ、妖精ってそういう節あるもんな。何らかのルールに従って罠にかけて子供攫うとか聞いたことあるし。それはもっとちっちゃい奴だっけ図書室行って調べるか。
「おい人間!」
ここには俺含めて四人は人間がいるなあ。まあ、俺のことじゃないだろう。
「人間! おい、なんで……っ」
馬鹿みたいにクソでかい建物だから図書室もアホみたいに遠いんだよな……。この時間に行くと、たまに寮長が主の顔して陣取ってるし。いや、あの人会釈して普通に入れば鷹揚に存在を赦してくれるくらいには穏やかなんだけど、いかんせん存在の圧が強い。この寮、圧が強い奴しかいないのか?
案の定図書室を占拠していたマレウス先輩の横を、ちょっと失礼しますね……と通り過ぎて妖精について調べていたら「興味があるのか」と絡まれた。いやーー、怖い怖い。図書室だからいつもより小さな声で、背後からぬっと現れる。もう完全にホラーゲームの敵の出現方法。俺がガー研(ガーゴイル研究会)じゃなかったら怖くて泣いてたと思う。身長2m超えの男が背後から覆い被さるように覗いてきたら怖すぎるのよ。
「そういえばクラスメイトのこともよく分かってなかったなと思いまして、種族の違いってやつを改めて調べて見たくなったんですよね」
「ああ……。なるほど、だったらこれの方がいい」
「はあ、ありがとうございます?」
うむうむと満足気に頷いて戻っていったが、なぜこれを……。きらきらに装飾された分厚い童話集。heterogamy? 異類婚姻譚? なぜ……?
普通に面白かったから個人で買ったけど、泣いちゃうくらい高くてびっくりした。レジ行った時に気付いて後戻り出来なかったのが辛い。そうだよな……マレウス先輩が勧めて来るような本が3000マドル以下な訳が無い……。
さよなら俺が今まで貯めていたお小遣いたち……。人生一の高級本を抱きしめながらしょぼしょぼ歩いていると、中央正面から圧がやばい男が胸を張って歩いてくる。
「おい人間!」
あ、向こうにオンボロ寮の監督生がいるじゃん。あいつを呼んでるんだな。
「人間!!」
それか後ろの奴か?すごい勢いで逃げていったから追いかけた方がいい。人間は生存本能が高めなので大声でズンズン歩いてくる大男を見ると逃げたくなるんだ。
「人間!! なぜ!!! 無視をする!!!!」
「うわビビった」
正面から肩を掴まれて怒鳴られたらさすがにわかった。俺ですね!
眉間に全力で皺を寄せて、ただでさえ目付きが鋭いのにいつも以上につり上がっている。なんで怒ってんだこいつ。殴り合いで俺が勝つ可能性万に一つもないぞ? マレウス先輩の背後に逃げ込むしか生き残る術がないんだが……。
「機嫌が悪いからと言って人に当たるな!」
「いや機嫌は凪のように穏やか」
「では何故僕を無視する!!」
「気付いてなかった」
「昨日も無視した!」
「気付いてなかった」
「……今日は休んで耳鼻科へ行った方がいい」
「あ、自分の声がでかいという自覚は持っていらっしゃる」
「よく響く良い声だと若様にもお褒め頂いた!」
マレウス先輩の話をした途端にっこにこになるので、こいつは本当に喜怒哀楽が激しい男だ。でもなあ、俺も人間って沢山いるなあって気付いちゃったからな……。
「人間が複数いるから個体名で呼んで、そしたら気づくから」
「う……」
途端に視線をさまよわせて口篭る。こいつ、いつも俺を人間って呼んでるから知らないのか……? もはや俺じゃなくていいのでは……?いつもデカい声で自信満々にしているやつが黙ると深刻な感じがして怖いな。
俯いて何度か口を開け閉めして、ぽそっと「ナマエ」と呼ばれた。俯いたってこいつはでかいので表情も何も全部見えるんだけど、なんでそんなに顔を赤くしてんだ。色が白いから分かりやすい。
「なあに、セベク」
あ、そういえばはじめて名前呼んだ。「ナマエが僕を呼んでくれた……」心底嬉しそうに笑うが、用件はなんなんだ。廊下の真ん中で何やってんだろうな、俺たち。
そういえば、妖精に名を呼ばれて応えたら心を奪われるんだっけ? 確かに、ちょっと、わかったかもしれない。
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