妖精狩りの午後
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「いらっしゃい、紅茶で良いよね」
「……僕もそれがいい」
座ったまま振り返りもせず声をかけたナマエが驚いたように顔を上げる。「これ?」と持ち上げたカップには真っ黒い飲み物が揺れていた。
部屋中に香る苦い匂いに眉間に皺が寄る。なんでこんなものを好きこのんで飲んでいるんだろう。大体の生き物には毒になるというのに。
「セベクはコーヒー苦手だろう。無理しなくていいよ」
「無理じゃない」
「苦いよ。ミルクと砂糖を沢山入れようか」
「いれない! いいから同じものを出してくれ」
仕方ないなとでも言うように笑う顔が嫌いではないので、勧められた椅子に座ってナマエがコーヒーを入れる手順を眺めていた。
好きとは言っても本格志向ではないらしい。インスタントの粉を空けて新しいペーパーフィルターが用意される。少し蒸らした粉に、ゆっくりと湯が注がれた。
どこか錬金術の手順のようなソレを眺めながら、物事には須らくルールがあるのだなと思う。正しい手順、正しい工程があって、それに従わなければコーヒーは不味くなるし錬金釜は爆発する。正しくなければ、それで得た結果に意味なんてない。
「そんなに見られるとやりにくい」
「ふん、この程度で緊張してどうする。ただ僕が見ているだけだぞ? 気にする方がおかしい」
「はいはい、ほら出来たから」
いらないと言ったのにミルクと砂糖が横に置かれた。いつもは菓子なんて付けないくせに、見るからに甘ったるそうな飴まで用意されている。手厚いと言うより、もはや子供扱いだろう。
「…………」
「はは、顔がぎゅってなってる」
「……うるさい、触るな」
「ふふ」
ナマエの指が僕の眉間をなぞるように触れていく。皺が寄っているんだろう。生理現象だ。人間だって妖精だって、顔の構造が同じなら皆こうなる。
どこか酸いにおいも、喉の奥に残る灰のような苦味も好きじゃない。頼んで出してもらった手前、流し込むように飲むのもはばかられる。ちびちびと舐めるように飲んでいると、正面に座ったナマエは僕の眉間から指をはなして頬を撫でた。変なちょっかいばかりかけてくる男だ。まったく、人が飲食している時にふざけるんじゃない。
「ふふ」
「……なんだ、言いたいことがあるなら言えばいいだろう」
「そうだなあ」
今日のナマエは機嫌がいいのだろう。僕の頬を撫でながらにこにこと楽しそうに笑っている。触れられるのは気になるが、笑っているのは良い。ほんの少しだけ僕も嬉しくなるから。
「今のお前にキスしたら、俺の好きな味だね」
「ごっふぁ! ぐ、!?」
口の中に少量残っていたコーヒーが全て出た。正面のナマエに全てかかり、テーブルも汚し、僕の制服も子供の食事後のように汚れた。言葉の意味を聞いた瞬間に理解してしまったせいだ。なに、なんで、笑っていられるんだ!
「ば、ば、馬鹿なことを言うな!! 気分を害した!! 帰る!!!」
汚れたナマエも汚れたテーブルも全部おいて逃げるように部屋を飛び出した。しばらく走って、また戻る。「お邪魔しました!!!!」言い忘れた挨拶を部屋に投げ込んでまた逃げた。逃げた。僕は逃げたんだ! 敵前逃亡だ! 若様に顔向け出来ない!!
どうして、なんで、どういった意図で。
全部わからない。ナマエは僕に何も言ってくれないから。
ああ駄目だ駄目だ深く考えるな、悪い人間はこうやって妖精をとらえるんだ。僕は騙されないからな。
なんであんなに、愛しそうに笑うんだ。
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