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上手く生きられないな、とは思っていたし理解していたけど、だからといってどうすればいいかなんてわからない。漠然と「遠くに行きたい」とは思っても、行きたい場所なんてなかった。舐められないように髪を染めて逆立てて、派手な服を着て自己主張して。そして何も無い。はじめっから俺は何も無かった。手に入れたものは敵ばかりだ。
一人と喧嘩をすればそれが五人、十人と増えていく。面子が潰されたと言って囲んでくる。かなわねえからって囲ってボコる方がダセェのに、なんでこいつらは俺より楽しそうに生きていられるんだろう。
タイマンだと呼び出された先で、鉄パイプを不意打ちで頭に喰らって膝が折れた。さすがにここまでの卑怯を受けるのは初めてで、ヤバいと思いながら落ち掛けた意識の向こう側でデカい音が目の前に降ってくる。
増援か と、顔も覚えてない誰かが怒鳴る。馬鹿じゃねえか。そんな奴いねーよ。背中を預けられる奴も、俺の為に手を貸してくれる奴もいない。俺はずっと一人だったし、これからもそうだ。
そうだったのに、俺は気が付いたら知らない病院のベッドで寝ていた。治療費も全て払われていて、訳が分からないまま家に帰る。俺を助けた……助けてなんて、頼んでいない。勝手に手を出して来たのは『ミョウジ』という男だったらしい。俺を診た医者と同郷で、だから融通が効いた。警察も呼ばれてないし、頭に巻かれた包帯をとれば母さんにもバレない。今日も何も無かったことに出来る。
頭を殴られたせいであの時のことはよく覚えていない。立ち上がって、啖呵を切って、……背負われていた気がする。いやに安定感があった。シャツの背中が俺の鼻血で真っ赤になっていた。あたたかくてねむくて、寝たんだ。
ミョウジ
聞いたことのある名前だった。
一学年上で、身体中に刺青をいれたヤバい奴。入学早々に当時の番長を殴り飛ばしててっぺんとって、それからずっと孤高の男だ。誰ともつるまず、背中で語る。そこが男らしいとか一目置かれてるけど、実際はどんなやつか分かったもんじゃない。
すました顔をしてるだけで、一皮剥がせばみんな同じだ。力を見せつけているだけで、殴られたから殴り返しているだけで、なんでお前は慕われて、なんで俺はこうなるんだよ。同じじゃないか。俺と同じことをしているだけなのに、なんでお前だけ認められてるんだ。
どこからどうみたって俺の行動は八つ当たりで、ミョウジが本当に一人で高架下に来たのも、真っ直ぐ俺を見てくる眼も、悪い噂ばかりが広がって嫌な知名度が高いはずの俺の存在自体知らなそうなところも、何もかも気に食わなかった。まるでガキのわがままだ。闇雲に突き出した拳は簡単に避けられて、腕を取られる。
カウンターを喰らって地面に叩き付けられると思った時、でかい手のひらが俺の後頭部を覆った。そんなことはありえないのに、撫でられたとおもった。そんなことはありえないから、耳のすぐ側で何かが叩きつけられる音と息を詰めたような低い声が聞こえた。目の前にミョウジの顔がある。
これだけ近付かないと、この人の眼が黒に近い焦げ茶色とはわからないだろうな。こんなことを考えてる場合じゃないのに、真っ先にそれを考えてしまった。
何もかもわからなくて、答えを求めても「さあな」だなんて流される。ミョウジの左手は俺を庇ったせいで岩にやられて血まみれになっていた。
おかしいだろ。理由や理屈があるはずだろ。無いわけないんだ。ギブアンドテイクだろ。理由や理屈がないと、誰も助けようとなんて思わないはずだ! ずっとそうだった。俺の味方になってくれるのは、いつも母さんだけだった。他人が俺のために、助けてくれるなんてありえないんだよ!
慌てて立ち上がろうとすると、腹の上に乗られ頭の上で両腕をひとまとめに片手で抑えられた。ビクともしない。何も出来ない。この人は怖い人だと、はじめて思った。
「強いやつが弱いやつを庇うのは当たり前だろうが……」
憂うような、悲しんでいるような、小さな声が腹の奥まで響く。俺の人生に、そんなことを言うやつはいなかった。強いやつは弱いやつにどんなことをしてもよくて、それが嫌なら歯向かい続けるしかない。
隙を見せたら引きずり下ろされて、酷い目に合わされて、俺の大事にしているものも踏みつけにされる。
この人は怖い人だ。俺が必死になって張り続けた虚勢を、簡単に剥がす。もしかしたらと期待してしまう。
もしかしてこの人は、俺が助けてって言ったら、助けてくれんのかな。
完敗だ。俺の負けだ。責任を取って、信じさせて欲しい。
夕日の赤に染まるミョウジ先輩の顔は憂い顔が格好よくって、昔見たドラマのワンシーンみたいだなと思った。ぶつかり合って理解し合う男たちの熱い友情のはなし。ほんとうはそういうの、ちょっとだけ憧れてたんだ。
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