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額にハチマキを巻いた後輩が大きく息を吸った。誰かの『ごくり』と生唾を飲む音が聞こえた気がする。マジカルホイールの低い振動が辺りに響いて、皆が後輩の言葉を待った。

「お前ら準備は出来てるか!」
「おう! 行くぜ!!」
「ついてきます、兄貴!!」

「ミョウジ先輩、一言お願いします!!」


「……安全、運転で……」


おおーー!!!!
野郎共の声がビリビリと大気を揺らす。高く挙げられた手は、ハンドルを握った。俺もマジカルホイールを起動して何故か先陣をきる。なんでだろう。助けて欲しい。俺が『でもこいつ、懐いてて可愛いんだよな……』と、なあなあにしてきたせいで、いつの間にか後輩が人をまとめて族を作っていた。頭は俺だ。なんで……。
主義主張はしっかりしないとこういうことになってしまうんだな。海の中のように、流れに身を任せていると溺れる。俺はまたひとつ賢くなった。
ミラー越しにすぐ後ろを走る後輩を見ると、何故か気付いたらしくにこにこしている。なんかこういう犬がいたな……そうだ、こいつ柴犬に似てる。

俺はいつの間にか番長になっていたらしいが、そんな俺がついにミドルスクールのワルどもをまとめはじめたらしい。初耳だ。

定期的に集会をしてマジカルホイールで峠を攻めて力を誇示してるらしい。そうなのか。

番長はクールで漢気があり、弱者を護る為にしか力を奮ったことがないという。格好いいな。


集まってしまったならしょうがないので、できるだけ人の迷惑にならないように……と選んだ峠は危険がいっぱいのデスロードだったらしい。だから交通量がほぼなかったんだな、下の道を通れば安全に通過できるから。こうやって番長は度胸と技術を魅せつけるのだという。全部後輩が広めた噂だ。やってくれたなこの柴犬めが。

だめだこいつ、目を離した瞬間に好意と善意で俺をぐっちゃぐちゃにしようとしてくる。行動のきっかけが全部好意と善意なところが本当にタチが悪い。
全部自分の主観でものを言っているから、「お前視点でみたら確かにそうですね」としかいえないし、話術が拙くても勢いで説得力を持たせる謎の力を持っている。こいつ実はとんでもなく頭が良いのか……?

最近は前よりも学校に来るようになったらしく、俺のあげたノートを使って授業の内容を書き写しては「数学やりました!」とか報告に来る。その都度、「計算間違いをしても消さずに新しく書いてるところが良い。どこを間違えたかあとで見ても分かるからな」とか「どこが分からないところが分かるのが偉い。本当に頭が悪いと何が分からないか分からないからな」とひとつひとつ拾って褒めることにしている。こいつ、褒めれば褒めるほど成長するから楽しくて……。それか? それがいけなかったのか? その結果俺は陸で危険運転集団のトップに? たすけて。うみにかえして。

俺が人生について呆然と考え込んでいるうちに、ゴールに辿り着いた。俺の後を付いてこれたのは、後輩と、かつて俺のマジカルホイールに釘で落書きした二人。この三人が俺の腹心らしい。そうなの……。


確かに、話せるやつが欲しいとは思った。でもこういうのとは違う。
帰って海入って寝たいから解散!! と、麓まで戻るついでにリタイアした野郎どもの回収をする。本当は捨ておけばいいらしいが、事件事故に巻き込まれたら俺の責任になるだろうが……。全員五体満足に生きて帰るのが義務だ。わかったなさよならおやすみ。

解散解散! 次回開催は来週の土曜日だ安全運転で帰れ!
順次帰路につく野郎どもを見送って、最後に俺たちが走る。海に近い町外れに向かうのは俺と後輩だけだ。

後輩は最近家出中らしく、家に帰れと言っても「大丈夫です! 公園で寝られるし、水も浴びられますから!」と全然大丈夫じゃないことを言い出していた。家庭の事情がいろいろあるんだろうな。わかるよ。お前ちょっとグレてるもんな。
しかしお前の担任からお前の母さんの連絡先を教えられたので、うちに泊めている事は伝わっています。全部母親の手のひらの上だ。ざまあないな柴犬。

俺を慕ってくれるという欲目を抜きにしても、小さくて可愛い顔をしているので公園で寝泊まりするのは本当にだめだ。なので、もうかれこれ一ヶ月はうちに住んでる。ぜーんぶ俺からこいつの母親に情報を流してる。最初の方は「弟が出来たらこんな感じかな」と思っていたけど、最近はもう「こいつ俺の子供だったかな」と思うようになってきた。

「海寄ってくから、お前は先に帰って寝てろよ」
「はい! 風呂の用意しておきますね」
「ん、ありがとう」

はじめは海について来たがっていたが、俺がなかなか海から上がらないと大騒ぎして突っ込んでいき、見事に溺れかけてから大人しく言うことを聞くようになった。俺が気付いたから良かったけど、陸地の人間は呼吸を止めるのが下手なんだから無理はするな。ちゃんとお土産持って帰ってやるから……大きめの貝とか……。

自分で食べる用の魚と売りに出す用の魚をとって帰ると、寝てろといったのに起きて待っていた後輩が玄関まで走ってくる。風呂の用意をしました、ちゃんと宿題をしました、先輩の夜食をつくってみました。そのひとつひとつを拾って、助かる良い子ありがとうと頭をガシガシと撫でる。
くふくふと不器用な含み笑いをする後輩をみて、こいつの母親が「あの子は父親がいないから、余計あなたに甘えてしまうのかも」と言っていたことを思い出した。いや、うん。俺もこいつのこと「俺の子供かな?」と錯覚しかけるけど、ひとつしか年齢が違わないんだよな。こいつが子供なら俺も子供なんだがそれは…………。いや、いいんだけど……。

卵焼きと言い張るスクランブルエッグを食べながら、俺からの「美味い」待ちの後輩に望み通りの「美味い」を伝える。たぶん塩と砂糖の比率が逆だけど、まあ海より塩辛くないから美味いよ。食える。

「お前は家に帰る気がないのか?」
「……俺、邪魔ですか?」
「いや、居たいならいつまでも居たらいいよ。ただ、お前昼間普通にお母さんに会ってるだろ? 何が嫌で家に帰りたくないんだ?」

はじめは母子の折り合いが悪いのかと思っていたけど、どうみてもそんなかんじはしない。こいつの母親は毎日俺と長めの情報交換をしつつ自主性を尊重して見守ってくれる、俺から見ても良いお母さんだ。
こいつもグレて不良ぶっているが、さっき言った通り昼間には普通にお母さんに会いにいって仲良く話してるらしい。ぜーんぶこいつの母親から俺に情報が回ってくる。うちの息子は可愛い良い子ってな。じゃあ一体何が問題なんだ。



「俺んち、母子家庭なんですけど」
「うん」

言い難いのか、いつも視線を合わせて話してくるのに机の上に視線を落とす。タイマンだと言われ呼び出された高架下。そこで俺に倒されて頭を庇われた時と同じような、途方に暮れた顔をしていた。

「母さんが職場で、ちょっと良い関係の人が出来たみたいなんです。でも、俺みたいなデカい子供がいると、邪魔かなって」

俺、頭悪いし。素行も良くないし。恥ずかしいかなって。
へにゃりと力なく笑って、笑えなくなって黙り込んだ。


「それは無い」


いやいやいや、ないないない。お前のお母さん、俺とのトークルーム『卍我息子最愛最強卍』ってタイトルにしてるんだぞ。ラインのアイコン忘れたのか? お前とのツーショットだぞ。万が一億が一そんな相手ができたとしても、最愛の息子を邪険にされたら許さないだろ。たぶんマジカルホイールの後ろに男を縛り付けて峠を駆け抜けるし、俺はそれの見張りをさせられる。 そこまで考えて、後輩が不思議そうな顔をしていることに気付いた。そう言えばこいつは俺が母親と連絡を取りあっていることを知らなかった。


「……自分の母親を信じろよ、俺は信じられるぞ。どんなに不良ぶっても、お前は真面目で、人の話をよく聞いて、他人を思いやれる奴だ。母さんが一人で、お前をそんな人間に育ててくれたんだろ。お前がこういう人間になってること自体が、愛された証明だろうが」

「…………」

「なあ。大切に育てた子供を邪険にするような男に、お前の母さんが惚れるわけないだろ。もっと見る目がある人間だろう?」

「……はい"」

ズッと鼻をすする音が聞こえたのでそっとティッシュを差し出して「時間は沢山あるんだから、よく考えてみろ」と席を立った。風呂に行くふりをしてスマホを取りだしてラインを開く。お母さん! 後輩のお母さん! たぶんなんか親子間の誤解があるのでそこらへん話し合ってください!!

なんで俺、他人の家庭事情に密に介入してるんだろうな……。


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