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深さが足りないので潜水してスピアフィッシングが出来ないのは残念だが、俺が食べるくらいは賄えている。余分に獲ると買い取ってくれる奴もいるしな。ラギーは買わない。「ください!!」と言うので与えている。痩せっぽっちだし、いつもお腹を減らしてるし、食料を集めるのが下手なんだと思う。可哀想に……。俺の魚でたんと肥えろ……。
先日再会した人魚たちにはあの日以来会っていない。避けようとしている訳じゃなくて、クラスは別だし俺自身が漁の関係でサバナクローに閉じこもっているからだ。彼らは俺に悪感情を持っていないようだったが、いまさらどうするという気持ちもある。あの日のことは、お互い忘れた方がいいのかもしれない……。これは逃げだろうか、そうだろうな。溜息をつきつつ、今日の釣果を背負って帰ると部屋の前にバオウが立っていた。異国の美術書でみた石像のようで美しい。こいつ、最高に美形なんだよな……体重が110kgもあるなんて、奇跡の美青年だ。うちの村に来たら瞬きの間に嫁候補が5人は出来る。
「ナマエ、客」
「お邪魔してます」
「お、おお……」
バオウが一歩身体をずらすと、サバナクローでは暑すぎる服装の男が俺のベッドにきちんと座っていた。にこにこしていたのですぐには分からなかったが、双子の人魚の吊り目の方だ。どうして……? バオウを見ると、己と人魚をピッピッと指で示して「同クラ」とだけ言った。これだけ美形だと言葉の足りなさもクールさを示す長所になるから良いよな……。俺は最近ラギーに毎秒「あんたねえ、言わねーとわかんねえんスから察してちゃんしてないでハッキリ言う!」と胸ぐら掴み上げられてるぞ。いや、バオウもよくやられてるんだけどな。
「ん」と軽く背を押され、1mほど飛ばされた。その間に扉は閉められ、たぶんさっきと同じように門番のように扉の前に立たれているのだろう。俺はこのにこにこしている人魚の前に立ち尽くした。
「僕の名前はジェイドです」
「あ、ああ」
「兄弟の名前はフロイド、僕たちはウツボの人魚です。眼鏡を付けていたのはアズール。昔は付けていなかったから驚いたでしょう? 彼はタコの人魚です」
畳み掛けるように言われても、俺の頭ではすぐには噛み砕けない。彼は何がしたいのだろう。立ち上がった彼――ジェイドは、俺より頭1つ大きい身長で見下ろしてきた。
「あなたの口からあなたの名前を教えてください。僕、ずっと知りたかったんです。人に教えられただけなのは、嫌です」
下からそっと手を握られた。人魚の時とは違う熱のある手のひら。その一部が歪に凹んでいる。
「……ナマエ・ミョウジ、だ」
「ふふ、ナマエ。ナマエ……。ねえ、僕のこと覚えていてくれましたよね。忘れないでいてくれましたよね」
するりと俺の腕を這って手が伸ばされる。顔の目の前で広げられた手のひらには、白く、大きな傷跡が残されていた。
「『約束』」
「ごめん」
人間って気絶したいと思っても気絶できないもんなんだな。今のところ、異国の謝罪方法『ハラキリ』しか考えられなくなっているんだが、こいつは俺に何を望んでいるんだろう。
「困らせたいわけじゃないんです。僕、あなたに謝りたくて。あの日、尾びれを掴んでごめんなさい。失礼なことをしてしまいました、あなたが怒っても当然です」
「尾びれ?」
「だってナマエが村を離れるなんて、さよならの挨拶なんてするから……悲しくて、行かないで欲しくて……ごめんなさい」
「いや、あれにはちゃんと『また会いましょう』って」
「え」
「書いて……」
「あの……」
ジェイドは言いにくそうに何度か視線を左右に振って、今までで一番申し訳なさそうに「字が、読めませんでした。その……僕達も幼くて。解読が、未熟で……」と言った。………………俺の、字が汚すぎて……! いちばん伝えたいところが伝えられてなかったって訳か! あれ全部、自分の字が汚いせいで誤解を招いたってことか? 嘘だろ……。 頭を抱えて蹲ると、ジェイドもしゃがみ込んで俺を覗いた。
「……手、痛かったろ。ごめんな。掴まれて、驚いて、傷つけた。本当にごめん」
「良いんです。僕が悪かったんです。それに、これを見たらナマエは僕たちを忘れないって思いました。あなたは優しいから、僕を傷つけたことを忘れないでしょう? 人魚って丈夫なんですよ、この傷を残すことを選んだのは僕の意志です」
「……それはちょっと重い」
「酷い人。それほどあなたのことが大好きだという証明なのに」
何が楽しいのか、ジェイドはずっとにこにこしている。それを見ていると気が抜けて、俺も笑った。
「ナマエと話したいことがたくさんあるんです。共通語がお上手ですね」
「共通語しか知らないからな」
「……昔から?」
「ガキの頃から」
「……言って下さい! 僕たちだって子供の頃から共通語は喋れました!」
「言えと言われてもなあ」
海の中で人は喋れないんだよな……。まあ、何度か息継ぎの時にタコの人魚……アズールも海面へ出てきてたから、その時に話し掛ければ良かったのかもしれない。もし一言でも話していたら、全部が変わっていただろうな。……そうしたら、俺はミドルスクールの時に謹慎で里帰りをして、彼らに会って、町に帰る日を遅らせて。デュースを助けることが出来なかっただろう。
過ぎたことは変えられないし、後悔も出来ない。ただ、傷つけた事実だけが申し訳ないなという思いを掻き立てる。
「痛かったろ、ごめんな」
「……痛くなんてありません。ナマエに嫌われたと思った時の方が、僕はずっと痛かった」
「うん、俺も。お前たちに嫌われたと思った。痛かったよ」
「……ごめんなさい。……ナマエと、僕たちは、まだ友達ですよね? あの時からずっと、友達ですよね?」
「お前たちがそう呼んでくれるなら」
「じゃあ、問題ありませんね」
オクタヴィネルに遊びに来てください。たくさんたくさん話したいことがあるんです。僕もフロイドもアズールも、ナマエと話したいことが、たくさん。
少し上擦った声で繰り返すので、顔を見ないようにして手を取ってベッドに座らせる。俺も話したいことがたくさんあるよ。再会を喜んでいいって、本当に嬉しいんだ。オクタヴィネルにも遊びに…………。
「あ」
「どうしました?」
「俺、オクタヴィネル出禁になってる」
「えっ」
「一回頼んで入れてもらったら、うっかり寮長の飼ってたクエをやってな……。永久追放を喰らった」
「それは……見たかったです」
「咎められるまで気付かなかったから、大漁だったな……まあそういう訳で、俺はオクタヴィネルには入れないから、他のところで会おう」
「ふふ、少し待っていただけますか? 出禁なんてすぐに解除されますよ。オクタヴィネルは、海の魔女の慈悲の精神に基づく寮ですから」
そうだといいなあ。そう笑って3日後だったかな。なんだか立派な書面で『遊びに来てね(要約)』という手紙が届いたと同時に、オクタヴィネルの寮長が決闘で負けて入れ替わったというニュースが届いた。
新しい寮長はアズール・アーシェングロット。あの、ガリガリに痩せてしまったタコの人魚だった。
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