9


映画館が暗くなって明るくなるまでの一瞬がずっと続けばいいなって思ってたけど、そんなことないし。普通に周りが明るくなって、「たのしかった! またみる!」とか、そういう声が通り過ぎていく間も俯いてた。涙腺可笑しくなったみたいで勝手に泣けてくるのサイアク。誰だよ、恋して泣いたり喚いたり嫉妬したりする奴がめんどくさいとか言ったやつ。そういう慈悲のない事ばかり言ってるからバチが当たったんじゃねえ? だったら謝るから許せよ、クソが。

「あの、えっと」
「……」

隣でナマエがオロオロしてるのだけはよく分かった。ハッピーエンドの物語があけたら、隣でクラスメイトが号泣してるなんて訳わかんねえもんな。
声一つとったって、ちょっと前とは違うってわかるから嫌だ。『大好き』って気持ちを鍋で煮つめたみたいなすっげえ愛しげな声。オレ、あれが好きだったのに。



「トラッポラ……?」

「はぁぁあ!?」

てめえ手のひら返すの早すぎだろが! 一気に距離離しやがったこの野郎!
ナマエのこと殴ったらあとでデュースにボコボコにされそうだけど、その前に泣き喚きながら「酷いことされた!」って訴えればこっちに同情してくれるだろ、あいつ甘ちゃんだから。あーあ、ちょっと表で殴ってこよ。

「お前ちょっと表出ろよ」
「ひええっ」
「その声やめろ」

ほんとにやめろ。お前のその声好きなんだから、もう出すな。オレがちょっかいかけた時に、びっくりして出す情けないひっくり返った声。
手を無理やり繋いでも、握り返してくれないから悲しい。なにこいつ、毎秒オレのこと傷付ける天才? 酷くねえ? ずんずん歩いていくと、「あのお」とか「すいません……」とか聞こえる。全部無視した。

映画館裏の、ゲーセンの裏。こんなとこかつあげ目当てのサバナクロー生くらいしか来ねえってところに引きずり込んで、壁に手を当てて逃げないようにした。


「か、壁ドン!?」
「は? 専門用語で喋んな」
「ひえ……」

ナマエの方がでかいから、オレが見上げる形になる。明るいところで近くから見ても、やっぱりナマエの眼はオレのことが大好きだった時とは違う。目は口ほどに物を言うだっけ、どっかの国のことわざ。こういうことなんだな。理解したくなかったけど。

「あの……トラッポラ氏……今までお手数お掛けして申し訳なく……ご覧の通り薬の効果も消えましたので、どうかお許しを……」

「許さねえけど」

「ひぃ」

体を縮こませて怯えてるの、可愛いな。オレちょっとサドっ気あんのかも。
でかさってパワーだからさ、ナマエはオレのこと突き飛ばして出てけばいいんだよ。それをしない甘さとか弱さとか、可愛いって思う。
ナマエじゃない奴がやったら、付け入る隙でしかないしラッキーって思うかも。オレ、優柔不断なやつ大嫌いなのに、ナマエのことばかり特別に良いかんじにばかり受け取っちゃうから、やっぱりこれって惚れてんだよな。


「ナマエはさあ、オレに恩があるわけだよな?」
「はい……」
「オレってナマエに優しかったよな?」
「ありがとうございました……」
「今日のデート楽しい?」
「最高です……」

「今、オレのこと、ちょっとも好きじゃない?」
「……」
「薬切れたら、欠片も好きじゃなくなっちゃった?」
「いえ……あの……」

あたふたしながら手を動かしてたから、その手を掴んで動きを止める。両腕拘束しての壁ドン? ってやつになった。ナマエはいつも言ってる「ひぇ」とか「ひぃ」も言わないで、困ったように眉を下げてる。




あ、これ押したらイける顔!!!



「オレはナマエがオレのこと特別扱いするせいで、お前のこと好きになったんだけど! お前のせいだから責任取れよ!」

「お、俺に得しかないのでは!?」


お前それ、オレと付き合うと『得』って、それこたえだろ。


ナマエの眼が見覚えのある、オレの一番好きな色を帯びていく。顔が真っ赤、掴んだ腕がどんどんあつくなる。これもうオレのものでいいよなって胸がいっぱいになって、少し上にある頭を寄せて触れるだけのキスをした。完全に固まってて面白い。はじめてのキスは汚ねえ裏路地で、キャラメルポップコーン味だ。



「惚れ薬切れたってわかるくらい、ナマエのこと見てたんだよ。健気で可愛いだろ。こんなの、薬とかなくても惚れていいだろ」


ひっくり返って混乱したスカスカの「そうですね」の声。拘束のために掴んでた手を、また繋ぐ。じっとりと手汗の感触が伝わって、それが嫌じゃない。


「オレのこと好きって言え」
「トラッポラ……」
「あ"?」
「ひぃぇっ! エース! エースくん! あのぉ、その、うぇへへ……
……スキデス……」

知ってるよバカ、オレもだし。ってこたえて、手を引っ張った。だって今日のデートはまだ映画を観ただけだし、まだ時間は沢山あるじゃん。
「これ、恋人同士の初デートになんね」って言うと、ナマエが小さく「うれしい」って言った。お前が嬉しい倍くらい、オレの方が嬉しいし。

「愛の力で一切解決ってこと」
「ああ〜〜! オタクに歩み寄ってくれるやさしい陽キャ好き〜〜」
「オレが好きって言え。雑に属性で分けるな」
「うっす」

ハッピーエンド!


←前 main|top 次→