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スラム街に王家からの調査が入り、ミョウジサマの名誉は表面上回復した。いない人の名誉が回復したって、腹も膨れないしあそこには文字が読めるやつの方が少ないから、立て札は冬の薪になるくらいの意味しかない。
大きな目標をひとつ達成して抜け殻になるかと思ったが、今日もラギーは元気だ。腹は減るしマドルは欲しいしマジフトは楽しい。
遠目でミョウジサマの亡骸を見た時に、この世の終わりを見た気がしたが、それから何年経っても世界は終わらない。きったねえくっせえスラム街出身の卑しいハイエナ風情が、第二王子サマの下、No.2を他称されるなんて立場になった。生きていればこういう訳の分からないことが起こるのだ。

大人になったら、ラギーは夕焼けの草原に何を返せるだろうか。ただ生きるだけじゃなくて、それ以上の何かが欲しい。7歳のラギー達はそれを期待され、背中に夢を乗せられた。その夢は、希望だった。
誰もがこれから良くなるだけの未来を見ていた。ミョウジサマも、奥方サマも、ナマエサマも。選ばれた6人の子供たちも、スラム街に生きる多くの同胞も、みんなみんな希望を持っていた。
粉々に砕かれたそれを掻き集めて、欠片だけ必死に抱え込んで、何が出来るだろうか。知識が足りない、ツテが足りない、出来ないことばかりだ。それでも、考えてしまう。ラギー・ブッチは何が出来るのだろうか、と。



「おい、ついてこい」
「はーい」

レオナに言われて歩き出したが、私服に着替えろと言われ外出届けも寮長権限で出されていた。買い出しの荷物持ちか、麓の街の案内を頼まれるんだろう。そう考えていたが、ラギーは学園から出た途端に黒塗りの高級車に詰め込まれた。意味がわからない。
フカフカで居心地のよい座席に埋もれながら、耳栓とアイマスクで『俺は寝る』の姿勢になったレオナは何も説明してくれない。「レオナさん! ちょっと! 怖いんスけど!」と身体を揺さぶれば、鞭のようにしなるしっぽに手の甲を叩かれた。運転手がいなければ軽く暴言を吐いてしまいそうだ。一体どこに連れていかれるんだろうか。
仕方ない。諦めて、付属の冷蔵庫をあけて高そうなドリンクを勝手に飲む。酒ばかり入っていて、結局ラギーが飲めるものはオレンジジュースだけだったが、さすが最高級と感嘆するような味だったので突然の監禁も「まあいいや」と気分よく無かったことにした。こういうのにいちいち反応していたら身が持たない。

どれだけ車が走ったのか、ラギーもうとうとと座席に埋もれて眠ってしまっていたので覚えていない。

「おい」
「あいだぁ! なんスか! 暴力反対!」
「確認しろ。ラギーならわかるだろ」

いつの間にか起きていたレオナが窓の外を指さす。窓はマジックミラーになっていて、車内から外が見えるが外からは中の様子を伺えない構造だ。いけすかない制服が見えて、ここはロイヤルソードアカデミーが近いのだということはわかった。予想だが、ロイヤルソードアカデミーの麓の街なんだろう。キラキラペカペカ、いけすかない奴らがさわやかに笑いながら通り過ぎていく。
これほど目立つ車に気を取られてないということは、車自体にも認識阻害の魔法が掛けられているのかもしれない。






「あ」



通り過ぎる青年の横顔は、頭の中で何度も想像していたものとほぼ同じだった。

奥方サマは色白でしなやかな体付きの方だから、ナマエサマもきっとスタイルの良い人になっている。ミョウジサマは目尻が下がって優しい目付きをしていたから、ナマエサマもきっと穏やかな表情の人になっている。

ナマエサマは豹の獣人で、頭の上に小さく丸い耳があった。長くしなる素敵なしっぽもあった。必死に窓に張り付いて探すが、見当たらない。心臓がギチギチいう音が身体中から聞こえていた。処刑に至る拷問方法のひとつだ。耳を削ぎ尾を落とす。ない、ない、見えない。誰があんたに酷いことをしたんだ。叫び出しそうになった瞬間、風が吹いて髪が揺れた。人間の耳だ。頭の横についていて、全然音を拾えないおもちゃみたいなやつ。


「へんしんやく、だ……」

長く息を吐いて、脱力した。陸で生活出来る獣人にはあまり縁がないが、人魚と同じように変身薬を飲んで『人間』と同じ姿をとる者もいる。
削がれたわけじゃなかった、落とされたわけじゃなかった。隠している、だけ……。



「レオナさん、ナマエサマです。ナマエサマ、生きてました……」
「そりゃ良かったな。じゃあ行くぞ、立て」
「待っっってオレ腰抜けてる待っっっ」
「引きずられてえか」
「暴君!!」

バタン。運転手が開けたドアからラギーは蹴り転がされた。
バタン。運転手がドアを閉める。

「は?! ちょっと! レオナさんは!?」

窓が少しだけ開けられて「積もる話もあるだろ、終わったら連絡よこせ。あと向こうでコーヒー買ってこい」とだけ言われ、窓が閉められる。

「あんたが満足するようなコーヒー、こんなとこにあるわけないでしょ! ちょっと! くそ、高級車過ぎて殴れねえ……!」

車の前で騒いでいると、背後から声がした。呆然としたような、間の抜けた声。ひどい、と思った。



「ラギー?」


なんだ、あんたもオレのこと、忘れてないんスね。


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