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生きているのは、生き恥を晒しているのは、母がいるからだ。貴族としての役割も果たせず、誓いを違え、全ての信頼を裏切り、父の亡骸を弔うこともせず、おめおめと生き長らえているのは、母がそこにいたからに過ぎない。
母の親類を頼り、名を捨てて、本来の姿を隠し、そうして生きてきた。とどのつまり、ナマエ・ミョウジは既に死んでいると言ってもいいだろう。彼をその名で呼ぶ者はどこにもいなかったので、いつの間にか自分でも死者のつもりで生きていた。
「ナマエサマが無事で、よかった」
「……」
記憶よりも伸びた背丈に、健康的な肌。ちゃんとした服を着ている。それに「よかった」と思うと同時に、「どうして」とも思ってしまう。
どうして放っておいてくれないんだろう。
彼はもう、自分の力がなくても一人で立派にやっていけるんだろう。ほんの数年関わっただけの者の為に、なんで泣いているんだろう。昔は彼の気持ちも理解出来たような気がするが、いまはもうなにも分からなくなってしまった。
悲しくて苦しくて、心の奥の箱に押し込めて蓋をしたものが今更蘇ってくる。叶わなかった夢の味は、苦い。思い出したくもないほどに。
薄くてもしっかりとした背中を撫でながら、言葉を探した。
会えて嬉しい? どうだろうか、嬉しいよりも驚いた方が大きい気がする。
みんなはどうしてる? きっと録な話は出てこない。あれからスラム街がどうなったかなんて情報は、届いている。
「ごめんね」
結局、出たのは謝罪だけだった。
全てを放置して逃げ出して、ごめんね。
誰も助けられなくて、ごめんね。
役に立たなくて、ごめんね。
生きてて、ごめんね。
あの時、最も正しい選択は父の首を受け取ったその瞬間に戦うことだった。同じように首を落とされようと、騒ぎを大きくして王都まで広めれば、調査が入る。
愚かな策謀は穴が多くて、簡単にこたえがでるはずだった。さっさと死んでさえいたら、彼を思い悩ませることも無かっただろう。スラム街にもちゃんとした後継の貴族が来て、引き継いでくれていたかもしれない。
母を逃がすためだと思っていたが、本当はただ死にたくなかっただけなのかもしれない。死ぬのは怖かった。生きたあとで、どうすればいいか分からなくなるなんて知らなかった。
「へへ、いいんス。ナマエサマが生きてるから、それで良いんだ。あのね、責任とって欲しいんスよ。オレたちに、知識を与えたのは、ナマエサマたちでしょ。ミョウジ家が、オレたちの、ボスでしょ。群れは、まだありますから、ずっと、みんなで守ってたから、帰ってきてくれりゃ、それでいいんです」
「それは……」
ラギーの顔をハンカチで拭くと、へにゃりと幼い笑みが浮かぶ。それは、死ぬことより難しい事だ。もうとっくに、貴族としてのミョウジ家は終わっている。
ナマエにはもう、何も無い。
「おい」
よく通る低い声が背後から届き、振り返ると同時に相手を確認して膝をついて頭を垂れた。「ふん」と鼻で笑う音が聞こえる。
「書類、書いて提出しとけ。卒業までの管理はこっちでやるから連絡はお前がやれ。分からねえことがあったらラギーに聞け」
「拝命致しました」
車の窓を開け気だるげに顔を出す人に、より深く頭を下げてから顔を上げた。まさかこんなに近くでお会いすることになるとは思わなかった。ナマエの返事に、第二王子は満足気に口角の片方を上げる。
「親父からの伝言だ『ミョウジは良い後輩だった。気付くのが遅れてしまい心苦しく思う』……在学期間が被ってたみたいだな」
「勿体なきお言葉にございます」
これは、王族から直々に後ろ盾を貰ったのと同じ意味だ。渡された書類にはミョウジ家の権利復興の為のあれこれが書かれている。たった一言で、たった一枚の紙切れで、全てが終わったのだ。こんなに呆気ないものなのかと、力が抜けていく。
人の命の、人の人生の、軽いこと軽いこと。
足元が覚束なくなり、膝をついたまま横に倒れ込んだ。その身体を力強く引かれて、自分より小さな身体が支える。
「オレたちが、支えるっスよ。それが、オレたちの夢だったんだ。夢見させた責任、とってください」
「苦労を、かけるよ……」
「無理なら無理って言うっスもん。あんた昔っから、一人で全部何とかしようとするからさあ」
背中に回った腕に強く力が込められて、苦しくて、涙が出た。苦しいからだ。それ以外の理由は、ない。
「おいていって、ごめん、護れなくて……ごめんな………」
「いいんです、全部いいの。おいてかれても、生きててくれたから、全部許すよ。エイミは一発ぶん殴るかも、ジュドはめちゃくちゃに抱きついてくるっスね。カイルは泣くだろうし、アーロンは逆に大笑いしそう。ティガは一瞬でスラム中に言い触らしにいきますよ。オレは、ぜーんぶ、許すの。心、広いっスからね」
幼い頃の幻影を見た。
歳の近い子供たちがきらきらとした目をして、ナマエが教える拙い授業を真面目に聞いている。誰にも奪われない知識を持って、いつかこの子達が、ここに生まれてよかったと胸を張って言えるような帰る場所を作りたかった。
「ただいま、ラギー」
「ナマエサマ、おかえりなさい。オレたちみんな、ずっと待ってましたよ」
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